なな利き2

B01 鏡の扉

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 小鳥遊事務所の稽古場に、夕陽がさし、壁の鏡に映り込んでまぶしく光っていた。
 ふと、鏡に手をつく。長く射す陽は、鏡のこちらとそちらを繋ぐ、ひとすじの道のようだった。
「夕方ですね。そろそろ上がりましょうか。――兄さん? 鏡がどうかしましたか」
「あっ、いや、なんとなくさ、思い出しちゃって」
 稽古場には、三月と一織、ふたりだけだ。
 それぞれ別の用件で事務所に来ていたのだが、仕事の打ち合わせが終わった後、少しだけ一緒にレッスンをしていこうか、という流れになった。互いの忙しさ、仕事の性質の違いもあって、こういう機会はこのところあまりなかった。それだけに、久しぶりに兄弟で息の合った動きが出来るのが楽しくて、つい時間を過ごしてしまった。
 ――兄弟。双子。
 三月と、一織。鏡に映ったふたつの顔は、まるで似ていなくて、鏡写しという言葉にはほど遠い。
「思い出したって、何をですか?」
「ゼロミュのこと。あのときの陸と九条、ほんと鏡のこっちとあっちみたいにそっくりだった。そっくりで、ふたりでゼロだった」
「それはそうでしょう。彼らは双子なんですから」
「いや、わかってるんだけどさあ。なんとなく思っただけだよ」
 そう言ってまた鏡を見る。似ていない兄弟と言われ続けて、いまや似てなさをフックとする人生だ。
「オレと一織じゃ、ゼロと、ゼロの鏡にはなれないな」
 七瀬と九条ではない、和泉と和泉。ひとつから分かれたわけではなくて、ひとつになることもない、兄弟。
「ならなくていいんですよ。私はなりたくないし、兄さんにもなって欲しくないです」
 少しだけむきになった口調でそう言われて、はは、と安心させるように笑う。それから、ため息未満の小さな息を吐いた。
「ゼロには、鏡のなかの自分しかいなかったのかな。双子の兄弟じゃなくても、誰かひとりでも居たら……ゼロじゃない『1』が居たら、良かったのに」
「……イチなら、ここに居ますけど」
「えっ?」
 三月が振り返ると、逆に一織はそっぽを向いた。横顔が少し赤い。その赤い顔のまま、言葉を重ねる。
「ゼロじゃないんですよ、私たちは。『1』から『16』まで、居ますからね」
「ああ……」
 二人と三人と四人と七人。
「……そっか、そうだな。その『1』が、オレの弟で、ここに居てくれて、すっげえ嬉しいよ。――あはは、一織、顔真っ赤だぞ」
「わ、私は別にっ、……ちょっ、兄さ、……」
 抗議の声を上げようとする口を、頭ごと抱えてぐりぐりと小突く。
 かわいい弟の『1』から始まって、『16』まで。
 いや、十六人だけじゃない。たくさんの星が、ゼロの先、イチから始まる次の時代をつくっている。
「よっしゃ、帰ってメシを作るか。一織、なにがいい? かわいいこと言ってくれたから、今夜は一織のリクエスト、聞いてやるよ」
「その前に離して下さ、まったく、兄さんの握力ときたら!」
 ふと振り返り、鏡を見る。
 傍らで弟を構いながら、にやりと笑いかけてくる、不敵で、それでいてどこか晴れ晴れとした笑みがそこにあった。
 一緒に時代、作っていこうな。
 心のなかでそう呼びかけ、背を向けて、稽古場の扉を開けた。

 新しい時代、虹の扉を開けるように。

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