H05 3cm

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 風呂からあがり、紡との打ち合わせの確認やバラエティ番組のアンケートなどを済ませてから雑誌をめくっていた。どんな情報も自分たちにとって無駄なものはない。寝る前のこのわずかな時間でも、ぼんやりしている暇なんてなくて——。
 そんな一織の静寂を破ったのは、部屋のドアをコンコンと小さく叩く音と、泣きそうな環の声だった。
「いおりん、たすけて」
 一織がドアを少し開けると、不安そうに眉を寄せた声の主が立っていた。
「……なんですか。こんな時間に」
「今日、一緒に寝て」
「は!?」
 一織の返事を聞く前に、枕を抱えた環が強引に部屋の中へ入って来た。そのまま部屋の真ん中で枕を抱えて座り込んでしまった環を押してみたがびくとも動かない。仕方なく理由を尋ねることにする。
「何があったんですか」
「ドア」
「はい?」
「閉まんねーの」
「えーと、四葉さんの部屋のドアの鍵ですか? あなたいつもかけてない……」
「違う。服入ってるとこ。最後まで閉まらなくて、ちょっと隙間が開いてんの」
 言い分を確かめるために、二人で環の部屋まで行ってみた。クローゼットの扉を少し動かしてみると、途中までは動くが最後まで閉まらずにほんの少し隙間が開いている。強めに押してみるが、ある程度までいって止まってしまう。しかし、いきなり外れて倒れてくることもなさそうだ。
「何かが引っかかっている感じですが、詳しく調べないとわかりませんね。もう夜も遅いですし、明日学校から帰ってから少し見てみて、私たちで解決できなさそうならマネージャーに連絡して業者の方を手配してもらいましょう。はい解決ですね。では私はこれで」
 部屋に戻ろうとする一織の腕を環が掴む。
「待って。何も解決してない。今日はこのまんまだろ」
「何か問題でも?」
「隙間から誰か見てそうでこえーじゃん!」
 環の瞳は真剣だった。

 *

 部屋の角に置かれた布団と王様プリンのぬいぐるみを目の端に映しながら、一織は「はいあと二問」と環のノートを覗き込んだ。
 来週期限の学校の課題を今日やってしまうこと。それを条件に、環が一織の部屋で寝ることに同意した。
 明日は二人とも仕事はオフで登校できる日だしちょうどいい。環はいつも時間ギリギリに起きて大騒ぎするのだ。同じ時間に起こしてやろう。
 それに、と一織は思う。
 クローゼットを全開にしろといっても、それはそれで嫌だと言った環の気持ちはわからなくもない。一度頭に浮かんだ小さな恐怖は、目を閉じるとじわじわと身体中に広がってくるものだ。
 ただ、自分は気味が悪いからといって、誰かに一緒に寝てほしいなんてことはないけれど。……決してない。

「なぁ、いおりん」
 電気を消して寝る体勢に入ってから、環が声をかけてきた。
「何ですか」
「ありがとな」
「……いいえ。作業中の方やもう寝ている方もいますし、あのままウロウロと他の部屋を訪問されても困るので」
「あのさ」
「はい」
「下に一人でいんのさみしいから下りてこねぇ?」
「嫌です」
「じゃあ、そっち行っていい?」
「いいわけないでしょう!? 調子に乗らないでください!」
 一織は身体を起こしてロフトベッドから下にいる環を睨みつける。薄ぼんやりとした灯りの中ではっきりとはわからないけれど、環の笑った気配がした。

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