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この世界が、真にひとつになることはとても難しいことだろう。
海で生まれた生命はやがて陸地にその足を運ぶ。平地、山岳、森林、砂漠。陸地には既に様々な空間があった。
それから果てしなく長い時を経て、人間という生き物がこの世界の主人となった時、人間は秩序をもとにさらに空間を分離させた。住居を建て、部屋をつくった。そこには必ず壁があり、別の空間を行き来するためには扉を開ける必要がある。
扉の分だけ空間があり、空間の分だけ世界がある。この星はそうやって成り立っている。
この扉の先は、楽しい場所。アイドルも、観客も、スタッフも、皆が同じ曲を聞いて、歌って、幸せを味わう場所。
少年が言った。
「同じ人生を歩んできた人はここには誰もいない。だからこそ、この瞬間に、同じ扉を開けることがどれほど奇跡なのか、わかるよ」
あるアイドルにとって、この白い扉は家族を待つためだけの、自分ひとりの力では開けられない扉だった。
ベッドに座って、扉が横にスライドされるのを、部屋の中から心待ちにしていた。それだけが、外の世界に繋がる瞬間だった。優しい両親と、優しい双子の兄が来てくれることが彼の楽しみであり光だった。
あるアイドルにとって、墨で見事な絵が描かれた障子は、煌びやかな重鎮たちが足を踏み入れる部屋の重い扉だった。
扉を越えてやってくる足音が増える度に、家のなにかが歪んでいくように感じられた。歪みに気づいたのは、自分が物事を考えられるようになったからだ。
幼いころは、何も知らずに、沢山のものを与えられて、幸せだったことも覚えている。
あるアイドルたちにとって、来客を知らせるベルが鳴る可愛らしい扉は、両親の笑顔と甘いケーキに会える幸せの扉だった。兄の役目を全うしようとする彼も、弟ながら大人びた雰囲気を崩さぬ彼も、この時ばかりはそっくりに瞳を輝かせているものだから、扉の向こうのショーケースの前で笑いと明るさは絶えなかった。
あるアイドルにとって、弱風でがたつく扉は恐怖の扉だった。
扉の向こうは帰るべき家のはずなのに、敵に立ち向かうかのように、いつも深呼吸かため息か分からない重い息を零しながら鍵を開けた。あの部屋はもうないけれど、恐怖のすべての原因でもある父親が遺したものが消え失せることは無い。
それでも、忘れたくないこともある。記憶にかすかに残る、あのときの母と妹の温もりは今でも宝物だ。
あるアイドルにとって、小さなカフェに続く扉は、心を開くための扉だった。
王族としての使命からも、感情がないまぜになった兄や関係者の視線からも逃れることができる場所に続く扉だった。年上の友人が弾いてくれたピアノ、音楽、お話。それらが彼に寂しいという感情があることを気づかせ、また、誰かと心を通わせることは心地が良いものだと教えてくれた。
扉の先で知った音楽が、これから先、運命を共にするかけがえのない友人たちに会うための切符になった。
あるアイドルにとって、父の執務室と廊下を隔てる扉は革命の扉だった。
ただ、本音を言うことが、ただ、想いを伝えることが、どうしようもなく怖かった。このドアノブを握るまでに、何度唾を飲み込んだだろう。
でも、扉を開かなければ、現在から変わることはできないのだ。手に力を少し込めるだけ。
ドアノブは思っていたよりもずっと軽かった。きっと、ここに来るまでに皆が背を押してくれたからだ。応えるように、自分の手は力強くなっていた。あとはこの先のことだけ考えて。
扉の先には、今いる場所とは異なる世界が広がっている。
怖いものがあるかもしれない。
今自分が立っているこちら側が安全かもしれない。
動かない方が、傷つかなくて済むかもしれない。
「それでも、新しい夢を見るために、扉を開け続けるよ」
陸がドアノブを握る。隣を見れば、あの日、同じ時に事務所の扉を叩いた仲間たちが居る。
仲間たちだけじゃない。ここには、たくさんの想いを持ったひとたちがやってくる。
楽しい場所を共に作る人たち。
音楽も友人も失った時に、きみが毎日会いに訪ねてきてくれた。二度と見ることの無い、いや、それ以上の光を持ってきてくれた。
先に光を見せてくれたのはあんただよ。狭い部屋の中でも情熱を纏った光は決して消えやしない。
王者への扉までの道を、二人で歌いながら進んだ。友を失っても、足を怪我しても、これから先どんなに怖いことがあっても、あなたが隣にいる限り立ち止まることは無い。二人の旅はまだ続く。きっと、楽しいことの方がずっと多いよ。
事務所の扉を背にして、三人で進んで行った先には、挑戦の扉が何枚も何枚も待ち受けていた。無謀だと笑う人もいた。失望したと勝手に離れていく人もいた。
信じ続けてくれる人も、たくさんいた。
なにより、三人だから。扉を開けて荒波が僕たちを容赦なく巻き込んでいっても、荒波に抗うことが愚かなんてちっとも思わなかった。
波に流されることはない。削れることもない。自分たちが決して曇らぬ宝石だと証明し続け、再びダンスフロアで踊る日を掴んだ。今、誰よりも輝いているよ。
誰からも期待されていなくても、それを認めたくなんてなかった。
悪魔が作り出したこの扉を無視するなんて出来やしなかった。俺はここにいるんだ、と証明したかった。自分だけが生き延びればそれでよかった。
それが今、俺たちになった。いつから大事なものが増えたんだろう。この扉に来るまでにいくつの大事なものを落としてきたんだろう。それでも、扉を開く前には戻れない。
この扉の先が奈落の底でも構わない。四人で行こう。
誰かが震えても、その上に掌を重ねるよ。欠けたりするなんて、許さないから。
人の数だけ人生があり、人生の数だけ、開いてきた扉は違う。そして、扉の先の道も無限に分かれている。扉の先にある世界が、同じ景色になることはほとんどない。
しかし今、色々な扉を開けてきた皆が、己の道を歩き続け、同じ扉の先を目指している。
「さあ、行こう」
ライブの光、待ちかねるひそやかな呼吸音、心臓の確かな音。
たくさんの空間を旅してきた僕たちが、同じ扉を開けてひとつの空間に共にいる。長い年月が僕らを導いていく。
この世界が真にひとつになることはとても難しい。でも、今、この時だけは同じ場所にいる。ああ、この瞬間をここにいる皆でお祝いしよう。
過去に縛られないために扉を開けた僕たちに激励を、現在を変えようと挑戦するために扉を開けた僕たちに声援を、未来を輝かせるために走り、扉を開け続ける僕たちに祝福を。
僕たち、ここまで来てよかった。扉の先で皆に出会えてよかった。
どうか、新しい扉の先が、虹で輝いていますように。