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朝の洗面所は戦場である。
…なんて言葉もあるが、それは時間に追われる人間が多いからだ、なんて九条天は思う。
「おはよう、天。」
扉を開けると、先客は朝にふさわしい笑顔でそう言ってくれた。
「おはよう…りゅう…」
ふわ、と、挨拶と一緒にあくびが逃げていく。
「昨日、遅くまで起きてたの?」
「しんきょくのかし…ぼく、もらったの…おそかったから…」
「ああ、今日からレッスンだから。ちゃんと間に合わせる天は偉いな。」
つん、と尖って『当たり前でしょ』と返したっていいところだが、寝起きのぽや、と重い頭に穏やかな賞賛は素直に心地がよくて。
もぞもぞとヘアターバンで前髪を上げて、蛇口から水を出す。
両手に貯めた水の温度が、冷たくなったと。そんなことに、ふと気づいて。
ざばん。
眠気を洗い流せば、クリアになった視界。目の前の鏡には、隣で歯磨きをする龍之介。
「…龍、寝癖ついてる。」
「え?!」
「ここ、襟足のとこ。」
「ええ…本当だ。」
「それでランニング行ったの?」
「…行きました。」
殊勝に答える彼の姿に、くつりと笑いが込み上げる。
「後で直してあげる。先にここ出ないと、楽が来ちゃうから…」
と。
噂をすればというもので、天が顔を拭き終わったタイミングで、もう1人の同居人が姿を現した。
「おはよう、楽。」
「…はよ……」
「おはよう。」
普段の楽とはかけ離れた緩慢な動きで、楽はのそのそと前髪を上げ始める。
「朝ごはん、ごはんにする?パンにする?」
「昨日のカレー、まだある?」
「あるよ。」
「じゃあ、ボクはパンがいいな。」
「…おれも」
「ならカレーはカレースープにしようか。」
「てん…」
楽に声をかけられて洗面台の前を譲る。
「ちょっと寒くなってきたからあったかいスープが嬉しいね。」
「まだ嬉しくなるには早くない?」
「天、龍は昔、これくらいの時期に『まだ寒くなるの?どうしよう…』っつってたぞ。」
「まあ、龍だから…楽、先にその顔拭いて。」
「ん。」
タオルに顔を埋めた楽ともう一度場所を代わる。
「キミ、袖濡れてない?」
「さっき水が飛んで…ってあ、龍。」
「え?」
「上着ちょっと濡らした、悪い。」
「後で着替えるから大丈夫だよ。」
ぎゅっ、と、洗面所の鏡には、窮屈なボクらが並ぶ。
少し前。
陸に朝の洗面所って窮屈じゃない?って聞いたら、たまに窮屈になるけど、元々広いから意外と大丈夫、って。
その話をふたりになんとなくしたら、『じゃあ、うちも広くする?』なんて、龍は言ったけど。
「龍、寝癖ついてんぞ。」
「天が後で直してくれるって。」
「頑張れよ、龍と一緒で案外頑固だからな。」
「その理論でいくとキミの寝癖は一生直らないんだけど?」
「はぁ??」
「朝から二人とも元気だなぁ。」
喧々囂々。
まあ、もう少し、こんな時間も悪くないんじゃないか、なんて思ったボクに、鏡のボクが困ったみたいに笑ったのだった。
