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これは、夢だ。
目を開けた瞬間そのことを察せられるほどあまりに現実離れしている場所に私は一人立っていた。
そんな状況でも、夢を見ている間はその自覚がないものだけれど、その自覚があるということは、夢は夢でも相当異常な夢なのだろう。
私は今一辺10mほどの白い立方体の中にいて、目の前にはごく普通の、しかし見覚えは全くない扉が1つ。
入っていいのかダメなのかも全くわからない…いや確実にダメなのだろう。
しかし出口(入口かもしれない)がここに一つしかない限り、ここに入るしかないのだろう。
「はぁ…」
誰に聞かせるでもないため息を吐きながら仕方なくドアノブに手をかけた。
「は…?」
あまりにも見覚えがありすぎるこの世界、しかし私がいるにはあまりにもおかしい世界。
薄暗く、入り組んでいるこの世界は確か…
「ダンスマカブル…?」
そう、私たちIDOLiSH7、TRIGGER、Re:vale、ŹOOĻが出演した映画『ダンスマカブル』の、いわゆる「地下組」の住処に私は立っていた。
でも、映画の時に実際に使ったセットではなく、本当に地面の下に存在しており、無数の階段が張り巡らされている。
そして私の後ろにあったはずの扉はいつの間にか消えていた。
「誰だ、お前は」
声をかけてきたのは、振り返らなくてもわかる。
私と全く同じ声をした彼、カバネは警戒心を最大限に張り巡らせこちらを威嚇していたが、私の顔を見た瞬間、驚いたように目を見開いた。
「同じ顔…?」
そう理解した途端、先程より警戒心をむき出しにして、私に迫ってくる。
あ、やばいと思う間もなく私は床に押し付けられていた。
「なぜここに入ってきた、なぜここがわかった!そして…なぜ俺と同じ顔をしている…!?」
相当混乱しているのだろう、私が演じてる時はなるべく声を荒げないで、いつも冷静に演じろと言われていた彼が、珍しく息をあげながら怒鳴ってくる。
「説明するので…!一度座るか立つかさせてください!」
そう言うと埒が明かないと悟ったのか、しっかりと私を捕らえたまま、その場に座らせた。
「まず、私の名前は和泉一織といいます」
「イズミ…イオリ、珍しい名前だな」
「この世界ではそうだと思います。そして私は別の世界から来ました」
「別の世界…?」
先程よりさらに混乱している。
それはそうだろう、誰も来られないはずの地下に人がいるというだけで異常事態なのに、それが全く同じ顔をしていて、さらに別の世界から来たなんて抜かしているのだ。
私が彼の立場でも混乱するに違いない。
「なぜここがわかったか、ここにいるか、については私もわかっていないです。気が付いたらここにいました。そして私はあなたのことを知っています。信じられないでしょうが…」
「気が付いたら…奇襲などではないのだな?」
「はい、誓って敵意はありません。そこは信じていただければ」
私の返答にはぁとため息をついて彼は私の拘束を解く。
自由になった私は体勢を整えてまた彼に話しかける。
「何もわからないでしょうが、実際私も何もわかっていなくて。時間が経てばおそらく戻っていくのでご安心を。迷惑もかけませんので」
そう言うと彼は私の目の前に座り込み、話し始める。
「俺の目から見ても、お前は悪い奴だとは思えない。…この異常事態に少し興味も湧いてきたしな。時間が許す限り俺と話していかないか」
「えぇ、喜んで」
そして私たちはいくつか話をした。
私が自分の世界でアイドルをしていること、クオンと同じ顔をした青年と同じグループでアイドルをしていること、コノエと同じ顔をした青年とは違うグループでライバルだということ。
対してカバネは自分のことについて話してくれた。
そこでわかったことは、この世界は一連の出来事が終わった後であること、相変わらず永遠の命はなくならないが、前よりも少しずつ前向きになれていること、クオンとも少しずつではあるが話をできるようになってきていること、アルムの放送はまだ微々たるものだが確実に地上の人物に受け入れられ始めていること。
彼らが、リーベルが命を賭して望んだ世界が存在していることに、私は安堵と少しの感動を覚えた。
そして、彼らの人生はこれからまた何百年、何千年と続いていくのかと思うと、少し恐ろしかった。
永遠に終わることのない、終わらせることができない命。
自分でも無意識に表情が曇っていたのか、彼は目を細めて眉をさげながら私に話しかけた。
「問題ない。あいつら…アルムやリーベルと一緒に戦ったことで俺は生きる意義を…過去の贖罪を果たすことができた。英雄には戻れなくても、死んだ奴らは戻らなくても、俺は俺のできることを続けていくよ」
だから心配するな、そう言うカバネは私の演じたカバネのどれでもない穏やかな笑顔で私に笑いかけた。
私が演じていたのはずっと気が張っていた時だから、そんな穏やかな表情ができたのか、と少々驚いた。
「ほら、見てみろ」
彼の指さす方向を見るとまた先程の部屋にあった扉が現れていた。
「お前と話せて楽しかった。機会があればまた話そうな」
「正直二度とごめんですよ、こんな体験」
そう言いながら私は再びドアノブに手をかけた。
「…り!一織!起きて!」
「ん…、ここは?」
目を開けると寮のソファで寝ていた。
やはり先程の出来事は夢だったらしい。
「珍しいね?お前がソファで寝るなんて」
そう言った七瀬さんは、クオンではなく七瀬さんで、あのどこか諦めを含みながら申し訳なさそうな顔をする彼ではなかった。
彼らが幸せではないとは思わないが、こうやってまっすぐに自分の感情をぶつけてくる七瀬さんを見てると
「…やはり、平和が一番ですね」
「なんだよ急に。あ、怖い夢でも見たんだろ!」
彼らの平穏で幸せな日々がいつまでも続きますように。
そして私たちの平和もずっと続きますように。
なにより
「もうあんな体験はしたくないですね」
「どんな夢を見てたんだよー」
教えて~と言う七瀬さんを横目に私は夕飯の準備をする兄さんのいるキッチンへ歩いていった。