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午前中の撮影が終わって、用意された休憩室の扉を開ける。
「あー、つかれた〜」
「四葉さん、皺になるので上着を脱いでください」
さっそく椅子に座る四葉と、ハンガーを手に取る和泉。2人を横目に見ながら、弁当の袋をテーブルに置いた。
高校生3人組でと依頼された仕事は、新大学生向けのスーツの広告と雑誌撮影。『大人への一歩』ってコンセプトで、スーツもヘアセットも少し大人びた感じになってる。
今日一日で屋内と屋外の写真を撮って、明日インタビューの予定だ。
広告自体は秋以降に出すものらしいけど、今は真夏。かっちりしたスーツは暑くて、午後にやる屋外撮影がちょっと心配。ペットボトル、もう1本持っていこうかな。
オレも上着を脱いでハンガーにかけた。四葉は椅子の背もたれに顎を乗せてだらけてるし、和泉はスマホの画面を睨んでる。休憩は1時間くらいって言ってたし、早くお昼食べちゃお。
スタッフさんからもらったお弁当を袋から出して、テーブルに適当に置いていく。買ってきたばかりなのか、じんわり温かい。
「四葉と和泉、洋風弁当でいいんだよな」
「おう」
「はい。ありがとうございます」
自分の和風弁当を引き寄せて、箸とおしぼり、紙ナプキンをぺぺっと配る。その間に、和泉がペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
「あ、サンキュ」
「いえ」
「いおりーん、俺麦茶がいいー」
「はいはい」
「まるでデカい子供だな」
態度はまさにガキなんだけど、悔しいことに撮影中は四葉が1番大人っぽかった。ああいうタイプの撮影、MEZZO”で慣れてるからとかかな?
四葉もこっちに来て、洋風弁当の蓋を開ける。洋風弁当はハンバーグとエビフライとポテサラで、和風弁当は焼き鮭と煮物としば漬けだ。
「四葉さん、タオル使ってください」
「えー、大丈夫だし」
「あっ、オレも付けとこ」
スーツに染みをつけたら大変だ。格好は悪いけど、持ってきてたタオルを首と膝の両方にかける。
「いすみん、赤ちゃんみたい」
「うるさい! 汚すよりいいだろ」
「四葉さんもですよ。ほら」
3人ともタオルをかけ、いざ弁当に向き直っていただきますと手を合わせる。
「午後は汗をかくと思うので、水分補給しっかりしておいてくださいね」
「はいはい」
「暑いのはしょうがないけど、汗が困るよな。毎回メイク直ししなくちゃでさ」
「なー。汗、気合いで止めらんねーかな」
「さすがに無理だろ」
なんて言いながら、もしかしたら九条天なら止められるかもしれない、なんて考えちゃった。そんな雰囲気あるもん。
「あーあ。どっか、夏休みらしーとこ行きてーな」
「海とか?」
「先週МV撮影で行ったでしょう」
「休みで、行きてえの」
鮭をひと口サイズにしながら「そんな遊んでたら、四葉宿題終わんねーだろ」と釘を刺してやる。
「もっと言ってやってください、亥清さん」
「え〜、いすみんだって旅行とかしたくねぇの?」
「うーん……。今年めっちゃ暑いし……。ばあちゃんを家に1人にしとくの心配だし」
「あれ、いすみん、ばあちゃんの誕生日にエアコン買ってやったって言ってなかった?」
「自分でつけようとしないんだよ。窓開ければ風入るからって。まだ慣れないみたい」
鮭とごはん、煮物を交互に食べて、お茶を飲む。
ここ最近は、オレが朝エアコンのスイッチを押してから家を出るのが日課になってるんだよな。
それに、せっかく旅行に行くなら、ばあちゃんも一緒に連れて行ってやりたいな……。
あ、そうだ。ばあちゃんで思い出した。
鞄のポケットから透明の小袋を出す。弁当の端っこにある醤油入れをつまんで、余分に入ってた紙ナプキンで包んで入れた。
「いすみん、なにその袋」
「あー…」
ぴったり入ったのを確認してから、ジッパー部分をぷちぷち止める。
「お弁当ってさ、よく醤油とかソースが追加で入ってるじゃん」
「うん」
「でもこういう焼き鮭とか、充分しょっぱい時あるじゃん。オレ、そんなに濃い味付けじゃなくていいし。だから使わずに余るなーって、ばあちゃんに話したの」
「ふんふん」
小袋を数回振って、溢れないのを確認してから鞄のポケットに戻す。鞄はここに置いたままにするし、傷んだりはしないだろう。
「そしたら、『じゃあこれに入れて持ち帰るのは?』って渡された。これ、ばあちゃんの目薬の袋なんだけど」
「目薬、それに入れて保管していないんですか?」
「病院でくれた紙袋のまま出し入れしてるんだよ。だからこの小袋だけたくさん余ってる。出掛けるときは入れてるみたいだけど、それもたまにだから袋だけ余るんだよね」
お醤油を使わずに捨てちゃうの、いつも残してごめんなさいってなってたんだよな。最近は追加で欲しい人だけ貰える店もあるけど、こういう昔ながらの弁当には入ってることが多い。
「目薬の袋もお醤油も勿体ないからさ。すぐ傷むものじゃないし、たぶん明日の料理で使うだろうから」
「はあ…」
和泉はなんだか「そういうものですか」って顔してる。
四葉はでかい口でハンバーグを一気に半分食べながら、何かを考えるように視線を上に向けた。
「そーゆーのあるよなぁ。そーちゃんもさ、よく新聞紙2枚くらい持ち歩いてんの」
「新聞紙?」
「俺が休憩中にそのへん座ろーとすんじゃん? 服が汚れないようにって敷いてくれたりすんの。今は自分で気をつけて座るけどさ、最初の頃そーしてた」
「レジャーシートとかじゃないんだ」
「新聞紙はいろんな使い方ができるからねって言ってた。あと軽いし捨てやすいし折れるしって」
「あー、ばあちゃんも折って袋とか作ってる」
この前もゴミ袋作ってたな、なんて思い出しながら、梅干しを摘んで口に入れた。酸っぱ。
「それそれ。そーちゃん、新聞で紙鉄砲作って、相手をいかくすることもできるっつってた。てか、したことあるって」
「威嚇ってなに!? 誰に!?」
「なんか、公園暮らしの師匠? がヤンキーに絡まれてるときに鳴らして、助けたことあるって。すげえデカイ音がして、公園にいた人みんな逃げていったってさ」
めっちゃ恐いことするじゃん、逢坂さん……。
いや、ヤンキーが悪いんだから、正義側なんだろうけど……。
「それ、紙鉄砲で威嚇したというより、逢坂さんの気迫の方が強かったんじゃないですか?」
「俺もそー思う」
やっぱり、結構こわい人なのかな、逢坂さん……。巳波とタイプ近いって聞いたことあるもんな。普段おっとりしてるけど、怒るとちょー恐いって。
お茶を飲んでから、端にあったきんぴらごぼうをひと口分つまむ。きんぴらのゴマやごはんの上の海苔が口に付いてないか、あとで確認しとかないと。あ、この甘辛具合好きかも。
「和泉は?そういうのないの?」
しっかり噛んで飲み込んでから、ハンバーグを丁寧に切り分けてる和泉を見る。四葉はもう食べ終わって蓋を被せていた。
「そういうの………ですか………。夜、ホットココアを作っていると、両親が店で余ったクリームで絵を描いてくれましたが……」
「それはちょっとちがくね?」
「そーいうんじゃなくて」
「え、違うんですか……?」
ちなみにどんな絵を描いてもらったの?と尋ねてみたけど、「なんでもいいでしょう」と眉を吊り上げて突っぱねられた。なんで怒るんだよ。
「……じゃあ、ラッピングを解いたあとのリボンを捨てずに、クマのぬいぐるみに結んであげるとか、ですか?」
「それもちょっとちがう」
「和泉、クマのぬいぐるみにリボン結んでたんだ?」
「それはっ……、すごく良いリボンだったんです! 捨てるのは勿体ないでしょう!? そういう話でしょう!?」
「ちょっと違うんだよなぁ」
リサイクルとか直ぐに捨てないとかのくくりでは同じなんだけど、こう、所帯じみてない、みたいな。ココアにクリームなんて、家でやったことないや。
ぷりぷり怒りながらも、和泉も食べ終え箸を置いた。四葉のタオルにはソースが付いてたけど、和泉のは綺麗なままだ。ソースって付くと目立つし、乾くと取れないよな。案の定、和泉が呆れ顔で鞄から携帯染み抜きを取り出していた。
「いおりん、持ってきたパンも食っていーい?」
「タオルを外してから言わないでくださいよ」
「パンなら大丈夫っしょ」
和泉がトントン染みを取ってる横で、鼻歌交じりに鞄からちぎりパンを出して口に放り込む。たしかに、甘いもの欲しいかも。
「いすみんも食う?」
「ちょっと頂戴」
「ん。中にチョコ入ってっから」
もぎっとちぎってくれたパンは、ふかふかの白い生地で中にチョコクリームが入っていた。最後に食べたいから、弁当の蓋に乗せておく。
「いおりんも。シミとりあんがと。ほい、あーん」
「ちょ、自分で食べられますっ」
無事シミが取れたらしい。こいつらほんと仲良いな。
「そんでいすみん、そのちっさい醤油、持ち帰ってどうすんの?」
「卵焼きに入れるって言ってた」
「え〜、俺の分も欲しい」
「なんでだよ。お前は三月さんが作ってくれるんだろ」
学校で弁当のとき、いつもニッコニコで自慢してくんじゃん。そもそも四葉、卵焼きは甘い派って言ってなかったっけ。
「いまパン分けたじゃん」
「それ言ったら、この前オレだって」
「亥清さん、キリがないので気にしなくていいですよ。それより、あと15分で休憩終わりです」
「え、あ。やば」
弁当を食べ終えてパンも飲み込み、ご馳走さまをする。空の容器はあとで片付けてくれるらしいから、3人分を袋に戻してまとめて置いた。オレのタオルは……汚れてない。ヨシ。
宇都木さんから連絡が来てないかだけチェックして、ジャケットを羽織り整える。あー、暑そう。
でも、撮影中は顔に出したりしないようにしよう。このスーツを見て、着てみたいって思ってもらえるように。格好良く見せたいし、撮ってほしい。
ピッと裾を引っ張って背筋を伸ばす。肌触りも良いし、デザインも好きだ。人気が出るといいな。
「お、いすみん、ごはん食って元気になった?」
「は? べつに普通だけど」
「なんかいま、カッコイイ顔してた」
「オレはいつでもカッコイイだろ」
「さっき逢坂さんの話を聞いて泣きそうになってたじゃないですか」
「なってない!」
言い合いながらも身支度を済ませて、持って行く荷物をまとめる。口の周り、海苔もゴマも付いてないな。もちろん、涙目にもなってない。
休憩室から通路に出ると、丁度スタッフさんが呼びに来るところだった。お礼を言って、一緒に移動車まで歩いていく。
「午後もよろしくお願いします」
「はい、お願いします」
車の扉を開けて乗り込み挨拶をする。スタッフさん達もにこやかに返してくれた。
大人になれてるのか、なれるのか、まだよく分かんないけど。
広告が出来たら、みんながどんな反応をしてくれるのか、今からすごく楽しみだ。