なな利き2

A04 夜更かし

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 ミュージカル・ゼロが千穐楽を迎えた。
 生配信には間に合わなかったけれど、「キミと愛なNight!」の収録だったお陰でオレたちは全員そろってアイナナ寮のリビングに集まることが出来た。みんなそれぞれ飲み物を持って、液晶テレビの前に集まっている。
 ソファに座っている大和さんと三月はビールと枝豆、向かい側のソファには壮五さんとナギが紅茶をシェアして、環はテレビの真正面であぐらをかいて、炭酸入りのジュースをペットボトルのまま口をつけている。オレと一織はダイニングの椅子を引っ張ってきて、環の後ろから観ることにした。オレの分の飲み物は、ホットミルクにはちみつをたらしたものを一織が作ってくれた。一織はホットミルクの中にインスタントコーヒーを入れて、濃い目のカフェオレにしたらしい。
 配信映像が流れている間、みんな静かだった。啜り泣きの声や、かすかに笑う気配はしたけれど、劇場で見ている時のように集中していた。一部と二部の幕間で、今日はここまでにしようかって話も出たんだけど、結局、最後まで観切ってしまった。
 配信が終わると、三月はタオルを目に当てたままテーブルに突っ伏した。カーテンコールと挨拶が終わって、画面には「ご視聴ありがとうございました」というテロップが映し出されている。
「やっぱすげえよな九条って。ゲネプロん時から千穐楽までの間に、さらにクオリティ上げてくるんだもん。あー、もう一回観てえ! ゼロに会いたい!」
「あ、でしたら、もう一度頭から再生し直しましょうか」
「壮五、明日早いんじゃないの? オレのスマホでつなぎなおそうか?」
「お恥ずかしながら、僕もまだ興奮が冷めやらないと言いますか、何だかこのまま寝るのは惜しいような気がしてしまって……」
「うあー。気持ちは分かるから何も言えねえ! んじゃ、キリよく幕間までにしとこうか?」
「ありがとうございます! すごく嬉しいです!」
 オレのホットミルクはマグカップにたっぷり残っていたけれど、いつの間にか冷たくなってしまっていた。隣の一織に断りを入れてキッチンの方へ移動すると、マグカップを電子レンジに入れて、自動温めボタンを押した。電子レンジの庫内は黄色く光って、ぶうん、と唸り声を上げている。一織は少し遅れてキッチンへ入ってきて、自分のマグカップを洗いはじめた。
 もう遅い時間だけれど、みんな残って観ていくのかな。もう眠いけど、みんなが起きているならまだ眠りたくないな。そんな気持ちでリビングの方を眺めてみると、配信映像はまだ再生されていないようだった。画面中央にぐるぐると丸い光が回っているだけだ。多分、同時視聴している人が多いんだろう。壮五さんのせいじゃないのに、申し訳なさそうに肩を落としているのが壮五さんらしい。
「壮五ぉ、謝んなってぇ。配信期間はまだ長いんだし、いつでも見返せばいいんだからさ。てゆーか、最後の曲紹介の時によく聞くフレーズが本当に出来るんだから、配信ってありがたいよなあ」
 間をもたせるように三月が笑って、大和さんも乗っかるように笑った。
「さすがに生じゃ『もう一回!』は出来ないもんなあ。終わりたくない気持ちはステージに立つ俺たちも一緒だけど」
「……そっか。そうだよな。――ゼロも、同じ気持ちだったりしたのかな……。そうだったら嬉しいなあ」
 三月の声に涙の色がにじむ。ナギがボックスティッシュを箱のまま差し出して、三月は盛大に鼻をかんだ。大和さんが三月の肩に手をおいて、環が三月の足元にじゃれつく。
「もう。何なんだよ、お前らァ!」
 三月は泣き笑いのように笑って大和さんの肩を殴り、環の髪をしゃくしゃに掻き混ぜた。大和さんは大袈裟に痛がっていたけれど、本気の力で殴った訳じゃないし、実はそんなに痛くないってことをみんな知っている。
 リビングの様子を微笑ましく眺めていると、軽快な電子音が鳴った。ミルクの温めが終了したようだ。
「こぼさないでくださいよ。あと、火傷に気を付けて」
「子供じゃないんだから。これくらい出来るよ」
 温かくなったマグカップをそうっと運ぼうとすると、一織が後ろでうるさいことを言った。洗い物は終わっているのに、心配して待っていてくれたらしい。
「Oh. ソウゴ、三つ並んだ点のところをタップしてみてください。ひょっとすると画質を落とせばいけるかもしれません」
「あ、動きました! もう大丈夫そうです!!」
 頭を突き合わせていたナギと壮五さんが顔を上げると、テレビの映像も動き出した。上演前の客席の様子だ。会場は静かだったけれど、オレたちの間からわあっと歓声が上がる。
「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、MEZZO”のお二人って明日は早朝ロケなんじゃなかったですか? 私は学校がありますので先に休ませてもらいますけど。四葉さんはどうするおつもりですか?」
「えー。がっくんとリュウ兄貴のデュエットのとこ、振付け覚えてぇし。そーちゃんも起きてっし、もうちょっとだけ! お願い!」
「おお!? 環、Phenomenon一緒にやるかぁ!?」
「えっ、マジで!? でも、みっきー、本当はゼロ役の方がやりたいんじゃねえの?」
「ええ!? そりゃ……やりたいけどさあ! オレがゼロでいいのかよ!? 陸や壮五だってやりたいかもしんないじゃん!?」
「いえいえ、そんな! 僕には荷が重いですよ、畏れ多くて」
 三月の視線がオレに向かったので、マグカップを両手で持ちながら、えへへと笑った。
「んー。オレも今日はいいや。ホットミルク飲み終わったら寝るつもりだし」
「ええー……? マジでぇ? あ、でも夜更かしは身体によくないのか……てゆーか、もう既に遅い時間だもんな」
「うん……。ごめんね、三月。オレも残念。また一緒に遊んでね!」
 半分酔っぱらってる三月は、陸ぅ、と言いながら、立ち上がってオレをハグしてくれた。飲みかけのマグカップを一織が受け取って避難させてくれる。一織の視線を感じて「うらやましい?」と自慢をすると、一織は「私の兄さんですけどね!?」と文句を言った。一織って、生意気だけど、こういうところはちょっと可愛げがあるんだよな。
 大和さんはいつの間に持ってきたのか、新しい缶のプルトップをプシュリと開けた。空になった缶が、まるでドミノのようにテーブルの上に並べられている。
「まあまあ。七人もいるんだから、二組でも何でも作ったらいいじゃないの。メンバー取っかえ引っ変えしたっていいんだしさ」
「んじゃあさ、今回はヤマさんかナギっち、どっちかリュウ兄貴かがっくんで入ってよ」
 つまみの枝豆を食べながら環が笑う。大和さんは缶ビールを一口すすって、困ったように肩をすくめた。
「いや、俺はいいって。こういうのには観客も必要だろ?」
「Hmm……。ハルキ役なら入って差し上げても構いませんが?」
 ナギが上品に胸に手を当ててウインクをした。環はあぐらをかいたまま、嬉しそうに左右に揺れる。
「んじゃ俺が九条役かあ。でもなんか九条役って思うとちょっとヤダな。まあ、がっくんの役ってことなら別にいいけど」
「OK. では交渉成立ですね」
 一織は、はああ、と軽い溜息をついた。
「では逢坂さん、あとは頼みますね」
「うん、任せておいて。おやすみ、一織くん」
「おやすみなさい」
 一織が一礼すると、みんなは口々におやすみの挨拶を口にした。オレはダイニングテーブルに避難させていたマグカップをぐいっとあおってしまう。
「あ。待って一織、オレも行く! カップ洗っちゃうから、ちょっと待ってて!」
「流しに置いといてくれたら、後で洗ってやるよ」
「本当!? 三月、ありがとう!」
 動画の再生は既に始まっているのに、三月はこちらを振り返って声をかけてくれた。IDOLiSH7の高身長メンバーNo.1、2の二人は、ダンスの準備のためか体側を伸ばす運動をしている。ナギと環が立ち上がると、なんというか、圧迫感がすごい。
「それじゃみんな、おやすみなさい!」
「おー。りっくんもおやすみー」
「Good night! And have a nice dream!」
「二人ともおやすみぃ。ゆっくり休めよ!」
「ん。また明日な」
「おやすみなさい」
 挨拶をすると、みんなが挨拶を返してくれた。オレは嬉しい気持ちを顔いっぱいで表現して、扉のところで待っていてくれた一織と合流した。

「あのはーひおりー」
「歯磨き中に話しかけるのやめてもらえます?」
 一織は口をゆすいで文句を言うと、コップを洗うついでに洗面台のシンクも丁寧に洗い流した。さっき甘い飲み物を飲んだから、オレたちは自分の部屋に戻る前に洗面所に寄って歯を磨いているところだ。
 急いで歯を磨き終えると、オレも口をゆすいで、洗面台についた泡を洗い流した。一織から渡されたタオルで手と顔を拭いて、遮られてしまった話を再開する。
「鏡を見てたら思い出しちゃったんだもん。オレ、舞台の中で鏡の中にいただろ?」
「先程の配信に映っていたのは七瀬さんではなくて、アンサンブルから抜擢された方だそうですけれどね」
 まぜっかえすなよ、と思ったけれど、鏡の中のゼロ役の人は、ゲネプロの動画を見てオレの動きを再現してくれたらしい。天にぃとデュエットしている歌声は録音とはいえ間違いなくオレの声だし、オレじゃないのにオレがそこにいるみたいで、不思議な気分になったことを思い出した。
「あの人凄かったよね! まるっきりオレなんだもん。びっくりしちゃった!」
「腕を上げて、客席に向かって『 歌って!』と煽る仕草が、明らかに七瀬さんでしたもんね」
「具体的に言われると、なんかちょっと恥ずかしいな。次のライブでぎこちなくなっちゃったらどうしよう!?」
「ちょっと、急に照れないでくださいよ。こっちだって照れるじゃないですか」
 ばしばしと背中を叩くと、一織は眉間に皺を寄せて逃げた。
「それで? 七瀬さんが話したいことって何だったんですか?」
「えーとね……」
 うながされて、オレは顎に手を当てて口を開いた。
 天にぃは、ミュージカル・ゼロを通して名実ともに「ゼロ」になった。
 ミュージカル・ゼロ以降、伝説のアイドル・ゼロを思い出すとき、きっとほとんどの人がゼロ本人ではなく、天にぃのことを思い出すようになるのだろう。
 どうしてゼロが消えたのか、真実は誰にも分からない。ゼロ本人にさえ、もしかしたら分からないのかもしれない。
 分からないから、不安が残る。
 ――だから。
「もしもこの先、天にぃがゼロみたいにふらっと消えたくなるようなことがあったとして、そのときはオレ、天にぃに一人じゃないよって言える人でありたいなって思ったんだよね」
 あっちこっちに脱線して、うまく話せたかどうかは分からなかったけれど、胸の中のもやもやは全部吐き出せたような気がする。
 スッキリとした気持ちで顔を上げると、一織は呆れたような顔をして、額に手を当てて溜息をついた。
「言っておきますけれど、九条さんの鏡に映っている人は、あなたじゃなくて九条さんですからね。ミュージカル・ゼロではお二人は同位体として同じ人物を演じていましたけれど、現実では違うんですから。同じように考えること自体がナンセンスですよ」
「それは……そうかもしれないけどさ!」
「というか、その役目、八乙女さんと十さんに任せてみたらどうですか?」
「うわ。可愛くない! 一織、全然オレの気持ち分かってない!」
 思わずカッとなってしまった。そりゃ、天にぃに何か異変があったら、同じグループである八乙女さんや十さんが先に気付くだろうけれど。オレだって天にぃのことを支えたいのに。
 ぷうっと頬をふくらませると、一織は妙な咳払いをして肩をすくめた。
「分からなくはないですよ。七瀬さんは感受性が強いし、共感力も高いですからね。ミュージカル・ゼロを観てさみしくなってしまったんでしょう。あれは鮮烈な出会いと別れの物語でしたものね」
「オレ、ミュージカルに気持ちが引きずられちゃっていたのかな。……うん。そうなのかもしれない」
「まあ、九条さんが自主的に消えるんじゃないかという懸念は捨てていいと思いますけれどね。あなたたち、お互いにとんでもないブラコンじゃありませんか。自覚ないんですか?」
「何だよ、一織だってブラコンのくせに!」
 一織は挑発にはのらず、淡々とした調子で言い返してきた。
「だいたい、あなたのお兄さんは既に一度、あなたの前から姿を消してるじゃないですか。――ゼロと九条鷹匡のようにならないとも限らなかったところを強引につなぎとめられたのは、あなたの力によるものが大きいと思いますよ」
「……本当にそう思う?」
「はい。逆に、あなた以外に誰がそんなことを出来ると言うんですか?」
 洗面台の前で、一織は生真面目に頷いた。シリアスな表情なのに、背景が日常そのもので、ちょっと面白い気分になってきてしまう。
「では、少しだけ私の話も聞いてください」
 一織は眉を上げると、咳払いをして表情を改めた。オレもできるだけ笑顔を引っ込めて、殊勝な顔をしてみせる。
「ミュージカル・ゼロの企画を知った時、ゼロの後継者としてTRIGGERが一歩先んじることになるのではないかと私は懸念していました」
「うん……。そんな話をしたような気がするなあ」
「七瀬さんがあの舞台に関わったことは偶然ですが、お陰でTRIGGERが唯一無二の王位継承者であるとは言えなくなりました」
 何だか難しい教科の先生の話を聞いているみたいだ。一織の声を聞いていると、不思議とせすじが伸びるような気がする。
「えーと。よく分かんないんだけど、オレも王位継承権を手に入れた、ってことになるの?」
「鏡の中の存在とはいえ、あなたもゼロを演じましたからね。舞台に立っていなくとも、歌声を聞けば分かる人には分かります。加えて、ゲネプロでのことはファンの間でも噂になっているそうじゃありませんか。……これは良い兆候ですよ」
 にやりと笑って、一織は顎に手を置いた。
「次世代のゼロの座、我々IDOLiSH7がいただいてしまいましょう」
「あはは。格好いいな、一織。日曜の朝にやってる特撮番組の悪役みたい!」
「……ヒーロー側のつもりでしたけど、まあいいです。勝てば官軍という言葉の意味を教えて差し上げますよ」
 ふん、と顎を反らす姿が、ますます悪役っぽい。くすくす笑っていると、一織は腰に手を当ててオレに指を突き付けてきた。
「ですので、七瀬さんにはしっかりしていてもらわないと困ります。あなた、私たちのセンターなんですからね」
「……はい!」
 思わずピシッと姿勢を正して返事をすると、一織は目元を和らげて微笑んだ。
「それで、不安は消えましたか?」
「うん」
「じゃあ、そろそろ部屋に戻りましょうか」
 オレたちは二人そろって廊下に出た。一織の部屋は隣だから、ドアのところまでは一緒だ。
 ドアノブに手をかけて、おやすみの挨拶をしようとしたら、一織は自分の部屋の前で困ったように眉を下げていた。言うべきか、黙っておくべきか、どうしたらいいのか悩んでいるように、唇を開いて、閉じる。
 視線でうながすと、一織は聞かせる気のないほど小さな声で呟いた。
「あなたこそ、消えたりしないでくださいね、ゼロのように」
「……少なくとも、オレは自分の意志では消えたりしないよ。だって、約束したじゃないか」
 言外に含みを持たせて笑うと、一織は怒ったような、泣き出しそうな、複雑な形に唇を曲げた。
 オレは自分からは消えたりしない。
 でも、この身体がいつまで保つかなんてことは、オレにだって分からない。出来るだけ長く一緒にいられたらいいなって思うけれど、いつかは一緒にはいられなくなるかもしれないって覚悟を決めることは、実はそんなに悪いことじゃないような気がする。
 一織は賢いから、言葉にしなかったオレの言いたいことが分かったのだろう。少しだけ怖い顔を作って、オレの背中をそっと押した。
「では、さっさとベッドに入って、身体を休めてください。私は九条さんのようにお布団ぽんぽんなんてしてあげませんからね」
「えー。やってくれないの?」
 からかうように言うと、呆れたような真顔が返ってきた。
「あなた、本当にして欲しいんですか? それとも、逢坂さんを呼んできた方がいいでしょうか?」
 壮五さんが天にぃに似てるって言ったことを、どうやら一織は覚えていたらしい。何だか急に恥ずかしくなってきてしまった。
「えへへ。やっぱりいいや! ありがとう一織。おやすみなさい!」
「おやすみなさい」
 一織はどこかほっとしたように微笑んだ。
 小さく手を振って自分の部屋に戻ると、オレはのそのそとパジャマに着替えた。まだ眠りたくないなって思いながら、ベッドに入る。首まで布団を引き上げると、すぐに意識が薄らいできた。やっぱり、すごく眠かったみたいだ。
 だけど、たまには夜更かしするのも悪くはないよね。
 宝物みたいな毎日だから、眠ってしまうのが惜しいんだよ。

          <おわり> 

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