G03 華散る未来

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—Prologue—

「がっ、がく!りゅう!」
 朝、TRIGGERの年長者、楽と龍之介が二人で朝食の準備をしていると、廊下の先、天の部屋から叫び声に近い声が聞こえて来る。
「どうした!」
「大丈夫!?」
 いつになく慌てた様子の天に、二人して急いで駆け寄る。そして、言葉を失った。
「えっと……、天、その子は……?」
 天の座るベッドにもう一人、そこには赤い髪の幼い男の子がちょこんと座っていた—。

*****

「そいつ、七瀬か?」
 楽の言葉に男の子を見る。赤い髪に丸くてまるで輝いているかのような瞳は確かに見覚えがあった。
「小さい陸くん……?」
 未だに首を傾げる二人を他所に、幼い子供を膝に乗せて大切に抱え込むと「陸?」と問いかけてみる。
「なぁに、てんにぃ?」
 やっぱり、と言う他なかった。何よりも、見覚えがありすぎたのだ。
「朝起きたらベッドの中にいたんだ。何でか分からないけど、子供の時の姿になってて……。」
 出来るだけ冷静を装うが、やはり声には動揺が乗ってしまう。けれども、それもそのはずなのだ。海外に撮影に行くという弟たちのグループをメンバーみんなで見送りに行ったのは昨日の朝だ。その日の夜、無事に着いたというラビチャが写真付きで届いたばかりだった。
「とにかく、陸くんに一度連絡してみよう。」
 龍之介が「ここにいるのが陸くんなら今海外にいる陸くんはどうなっているんだろう」と呟く。確かにここにいるのが陸だといのなら、昨日見送った陸はどうなっているのだろう。
「もしかしてっ、陸に何かあったのかも……。」
「っ、とりあえず二階堂に連絡してみる!」
「大丈夫だよ、天!」
 焦りは二人に伝わって、指の先がカタカタと震える。
 龍之介が見かねて手を取ろうとしてくれた時、小さな温かな手が天の指を包み込んだ。
「てんにぃ、だいじょうぶ?」
「陸……」
「てんにぃ、りくはここにいるよ?」
 陸は小さな手を天の背中に回し、「だいじょうぶだよ」と慰める様に撫でた。
「だいじょぶ、だいじょうぶ」
「陸、ありがとう……。」
 陸の手は不思議と落ち着きを取り戻してくれ、感謝するように笑いかけると陸も同じ様に笑う。そうこうしているうちに、連絡をし終えた楽が部屋へと戻って来た。
「向こうはみんなで撮影中らしい。とりあえず七瀬は大丈夫だ。」
 分かりやすい程に安堵の息が出る。しかし、だとしたらここにいる陸は何者なのか。
 ひとまず、天たちは幼い陸を連れて朝食を食べながら考えることにした。

「とりあえず、今海外にいる七瀬が小さくなったわけではなさそうだな。」
 楽が名推理だと言わんばかりに自信を持って告げる。いつもならば「当たり前でしょ」「馬鹿なこと言わないで」と冷静に返せるはずなのに、正直なところ、目の前の現実を受け入れるだけで頭がパンクしかけていた。自分のプライドとか、楽への対抗心なんかまで気が回らない。
「てんにぃはいま、学校行ってるの?」
 けれども、そんなこちらのことを気にすることなく、小さな陸は無邪気に尋ねて来る。
「ボクは学校には行ってないよ。」
 アイドルをしてるから—。天はそう答えようとする。けれども、その言葉は音になることなく止まってしまう。そこには、陸の驚き、そして悲しそうな顔があったのだ。
「陸……?」
 先程までとは打って変わった表情に心配が募る。
「七瀬、どうしたのか。」
「てんにぃ、もしかして、りくとおんなじになっちゃった……?病気で、学校行けない……?」
 不安そうな陸が尋ねる。
「そういう、こと……。」
「天、心当たりがあるのか?」
 心当たりは嫌と言う程あった。この頃の陸は、入ったばかりの小学校にも満足に行けず、毎日病院のベッドで過ごしていた。ようするに、陸にとって学校に行けない=病気なのだろう。
 柔らかな、ファンに向けるのとは違う兄の笑顔で天は答える。
「学校には行ってないよ。でもね、行けないんじゃなくて、行かないの。ボクはね、ここにいる二人とアイドルをしてるんだ。」
「あいどる……?」
「そう、歌って踊るの。」
 そう告げれば先ほどまで曇っていた陸の顔がぱぁっと明るくなる。
「あいどる!てんにぃ、あいどるしてるの!?」
 前のめりに尋ねる小さな陸に、今も昔も変わらないなと天は微笑みながら頷く。にこにこと笑う小さな陸を眺めていれば、一口サイズのホットケーキが可愛らし盛り付けられたお皿を龍之介がそっと置いてくれた。
「ほっとけーき!食べていいの!?」
「どうぞ、召し上がれ〜」
 大きくなっているはずの双子の兄にも、会ったことのない楽と龍之介にも怯えることなく小さな陸はパンケーキを頬張った。
「おいしい!」
「ありがとう〜」
 そして、陸は独り言のように言った。
「扉におねがいしてよかった!おっきくなったてんにぃにあえた!」
 それはまるで陸自身が願ってここへ来たかのような言葉。
「扉……?」
「そう!扉がここにつれてきてくれたんだよ!」
 どういうことか、尋ねたいことは山ほどあったが、パンケーキを食べ終えた陸はテレビに夢中になってしまう。これ以上は、今聞き出すことは難しそうだった。
「とりあえず、今日は休みだし様子見か……?」
「そうしてもらえるとありがたい。もし、ずっとこのままだったら、その……」
「天?どうしたの?」
「その、母さん、にも、相談してみるよ……。陸のことだし……。」
 言葉に詰まりながら天は話す。
「ま、しばらくは俺たちで面倒見て考えよう。とりあえず明日になってもこのままなら姉鷺に相談な。」
「天、天がご両親と話したいなら俺は応援するよ。でも、気が進まないなら俺たちを頼ってね。」
「うん、ありがとう。」
 こうして、TRIGGERの妙な一日が始まった。

*****

「すごーい!てんにぃ、くるくるすごい!」
 キャッキャと陸が手を叩きながら天を誉める。龍之介の車で三人はレッスンスタジオに来ていた。
「りゅーにぃ、つぎはりゅーにぃの好きなお歌うたって!」
 楽と龍之介にも可愛がられ、陸は天下の人気アイドルを独り占めしていた。リクエストに答えて歌ってくれる三人と共に、たまにリズムに合わせて体を揺らしたり、手を叩いたりしながら音楽に乗って幸せそうに顔を綻ばす。
 そして、そんな陸を見て、何より幸せそうにしていたのは、おそらく天自身であった。
「天、嬉しそうだね。」
「うん、この頃の陸は出来ることも少なかったし、退屈にさせちゃったらどうしようって思ってたけど」
 そう眉を下げる天を楽が遮る。
「七瀬だぞ。天にぃしか言わないようなあいつが、お前のパフォーマンスを見て退屈するわけないだろう。」
「っ、ほんとっ、楽ってそう言うこと平気で言うよね。」
「はは、でも天も陸くんも楽しそうで何よりだよ。」
「もうっ」
 二人の手が頭の上に乗ると、天は頬を僅かに染めながら視線を逸らす。そんな三人の様子を陸は嬉しそうに眺めていた。
「……!陸、ごめんね、すぐ次の曲準備するから!」
 陸の視線に気がついた天が慌てて二つの手を払いのける。しかし、陸はなぜか何も言わなかった。
「陸……?」
 心配そうに天が尋ねると、「大丈夫だよ」と陸は言う。
「あのね、てんにぃがしあわせそうでよかったなって思ったの。おっきくなったてんにぃが、ずっとりくのせいでたいへんだったらどうしようって思ってたから。」
「どういうこと……?」
 不思議そうに尋ねる天に、陸が「あのね」と話す。
「りく、おねがいしたの。おねがいごとをひとつだけ叶えてもらえる扉がでてきたからね、おっきくなったてんにぃにあわせてくださいって、おねがいごとの扉におねがいしたんだ。」
「扉……」
 未だ陸の話を理解しきれない三人は首を傾げる。
「そう、とびら!毎日ねむるとね、扉がでてきてどっちかえらべるの。いつもはくるしいけどおきていられるか楽だけどねむってるなんだけど、今日はちがったんだ。」
「……陸は、いつもはどっちを選んでるの……?」
 天が恐る恐る尋ねる。
「てんにぃが来る日はおきてられるのほうだよ!りくはね、てんにぃに会えるのが一番嬉しいんだもん!」
 そう陸が笑顔で言う。天も、楽と龍之介の二人も複雑そうに、それでも笑顔を絶やさないように控えめに笑っていた。
「でも今日はちがう扉だったんだ……。」
 陸が少しだけ悲しそうに呟く。
 その意味を理解した時、三人の顔からは笑顔が消えた。

*****

 双子の兄である天が小学校の帰りに病室に来て、陸を楽しませる、これは七瀬家の一つのルーティンである。今日も天は陸の病室を訪ねた。そしていつもの様に歌やダンスを披露する。
 しばらくすると夕方になり、天は家へと帰っていく。そうすれば、待っていたかのように陸を発作が襲った。
 今日また苦しい時間がやって来る。陸は激しい発作の末に半ば意識を失う形で眠りについた。

『りく、あしたも来るからいっしょにえほんよもうね!』
 てんにぃは毎日りくのところに来てたのしいおはなしをしてくれる。きのうはお歌をうたってくれて今日はダンスを見せてくれた。だから、毎日ベッドの上にいてもとってもたのしい。
 でも、たのしいのはいっしゅんだけで、そのあとはすごくくるしくなる。ひゅーひゅーのどがなって、空気がどこかにいっちゃったみたいにくるしくなる。そうやって、りくは毎日くるしくなりながら寝ているんだ。

 夜、ねむるといつもおんなじ夢を見る。ふたつの扉があって、その上にはこうかかれている。
『一日楽に過ごす代わりに眠っている』
『苦しくなる代わりに起きていられる』
 りくはてんにぃが来てくれる前の日にはぜったいにふたつめをえらぶって決めてる。だって、てんにぃに会えるのにねむってるなんでぜったいにいやだから。てんにぃに会えるなら、くるしいのもがまんするって決めてるんだ。
 今日もくるしくなりながらねむったら、やっぱり扉がふたつ出てきた。けれど、いつもとかいてあることがちがう。
『この身体のまま大きくなる』
『大きくならずに一つだけ願いを叶える』
 あぁそうか。りくにはなんとなくわかる。これは、りくの未来を決めるための扉なんだ。いつもみたいに、あしたのことを決めるんじゃなくて、もっとずっと先の未来のこと。ずーっとこのままの生活をつづけるのか、一つだけお願い事を叶えてもらうのか。
「そんなの決まってるもん。」
 りくはずっとてんにぃといたい。大きくなったてんにぃを見たい。きっと、すごくかっこいいに決まってるんだ。
 でも、その時にりくが一緒にいるかなんてわからない。
『大きくなる』って何年生のこもなんだろう。来年かもしれないし、再来年かもしれない。もしかしたら明日のことかもしれなくて、その先の未来はないのかもしれない。それじゃあかっこいいてんにぃを見られない。……まぁ、てんにぃはいつでもかっこいいけれど。
 でも、りくは大きくなったてんにぃを見たい。だからりくがえらぶ扉は決まってる。
「お願い事、叶えてください!」
 ふたつめの扉に手を伸ばす。
「大きくなったてんにぃに会わせてください!」

 陸が扉を開くと、中から白く眩しい光がキラキラと輝いた。

*****

 その日の夜、小さな陸の隣で眠りについた天は夢を見た。
 大きな扉が二つ並んでいる。
「これって、陸の言ってた扉……?」
 天は昼間の陸の話を思い返す。陸は、扉は自分の未来を決めるためのものだと思うと言っていた。
 陸の言葉を信じるならば、出てきた扉は『この身体のまま大きくなる』と『大きくならずに一つだけ願いを叶える』らしい。そして陸は後者を選んだ。それはつまり『大きくならない』ということだ。
「……つまり、陸は大人にならずに死んじゃう……?」
 途端、恐怖に震えるように寒気がしてぶるりと天の体が震える。天は思わずぎゅっと目を閉じた。
 —そんなの、絶対にダメ!
 恐る恐る目を開く。そうすれば、二つの扉には先程までには無かったはずの文字が書かれていた。
『自分たちの未来を犠牲に他人の過去を変える』
『他人の過去を犠牲に自分たちの未来を変える』
 そこにある『他人』が誰であるかくらい、考えるまでもない。それは『他人』であって、他人ではない大切な片割れ。そして、それは天に示された二つの道。
「ボクは陸に生きてほしい。」
 きっと陸は自分の未来を犠牲にして未来の天に会いにきた。つまり、扉の先にある『未来』には陸がいない可能性がある。何しろ、小さい陸が時空を超えて目の前に現れたのだ。今、海外にいる陸がこの先どうなるのか、天には想像もつかないし、したくもない。
「……扉の先の未来で、陸が無事でいられる保証はない。」
 天はポツリと呟く。
 だとすれば天が選択する扉は一つだった。
「過去を変える。陸が大きくなることを諦めた過去を変えるしかない。」
 天は一つ目の扉に手を掛ける。
「それにボクは、他人を犠牲にした未来なんて欲しくない!どんな未来でも、絶対に後悔しないものにしてみせる!」
 力を込めて扉を開くと、中からは白い光が輝いた—。

*****

「天、起きて〜」
「……ん、……あれ」
 微かに香るコーヒーの香りと龍之介の声で天は目を覚ます。
「おはよう、天。」
「おはよ……、りゅう……。あれ?」
 起き上がった天が横を見ると、昨日、空港へ見送った弟からお土産にと貰ったクマのぬいぐるみが横たわっていた。
「陸くんがくれたクマさんだ、一緒に寝たんだ!」
 龍之介が微笑ましく天を見る。
「そんなつもりはなかったんだけど……。」
 天は昨日の夜の記憶を辿るが、うまく思い出せない。頭に靄がかかり、記憶が曖昧になっていた。
「ねぇ龍、ちょっと変なこと聞いてもいい……?」
「どうした?」と龍之介が首を傾げる。
「陸たちを見送ったのって、昨日……だよね?」
「うん、そうだよ。」
「……その、昨日はスタジオには行ってないよね……?」
「行ってないけど……」
「夢の中でも練習してたの?」と龍之介が笑う。何か大切なことを忘れている気がするのに天は何も思い出すことが出来なかった。
 —何か忘れてるような気もするけど……。気のせい、だよね……?
 天は靄のかかる頭を振り払い目を擦る。そしてクマのぬいぐるみを丁寧に起こした。
「ねぇ龍、朝ごはんなぁに?」
 そう尋ねれば龍之介は嬉しそうに笑った。
「今日は天の好きなパンケーキだよ!」
 天も嬉しそうに笑う。今日もまたTRIGGERの楽しい一日が始まる。

 この先、TRIGGERに起きる悲劇を予想することもなく—。

*****

—Epilogue—

 その日、ネットのニュースはその話題で持ちきりとなった。天下のアイドル—TRIGGERの十龍之介と女性歌手のスキャンダル。
 そしてこの日、TRIGGERの華々しい未来が散り去った—。

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