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目が覚めたら部屋に閉じ込められていた。
何を言っているのか分からねえと思うが以下略。
…え? なんでこんな口調になっているかって?
それは、この前――
「ん…、んぅ…」
「あ、おはよう、陸くん」
「壮五……さん…?」
七瀬陸は目を擦り、身を起こした。硬い床の上で寝ていたようで、みしり。と筋が軋む音がする。いたた、と小さく声を上げると、大丈夫? と壮五が駆け寄り手を差し伸べてくる。
ありがとうございます。と告げ、立ち上がる。あたり一面真っ白な空間に立ち尽くした陸は、異様な光景にぞわりと背筋を走る悪寒に身を震わせた。
「真っ白……」
「そうなんだ。気が付いたら、というより……目が覚めたらここに居てね」
「え、今日ってMEZZO””の二人って……」
「地方でロケをしていたよ。万理さんと三人で帰りの新幹線に乗っていたはずなんだけど……」
「環は?」
キョロキョロと周辺を見渡す陸に、壮五が目線を部屋の端に向ける。どこまでも続いていると思われた真っ白な壁は、それなりに距離はあるものの、きちんと果てがあり、巨大な一つの部屋になっているようだった。
壮五が向けた目線の先に見慣れた水色の髪が横たわっているのが見える。
「起こしてみたんだけど全然起きなかったんだ」
「万理さんは……?」
おそるおそる陸が尋ねる。壮五は、黙って首を横に振った。
「居なかった。声を上げて呼んでみても返事がないし、寝ていたのは環くんだけだったよ。ついでに、スマートフォンも繋がらない」
「そんな…」
壮五がズボンの尻ポケットからスマートフォンを取り出し、陸に画面を向ける。左上に『圏外』の文字を見つけ、陸は小さく、は……と息を吐き出した。自身の尻ポケットにも端末の感触があるが、おそらく同じような状態になっていると推測出来た。
外部との通信手段断絶。出口のない真っ白な部屋。
「それで壮五さんだけが動いていたんですね」
「僕だけじゃないよ」
壮五が言葉を紡ごうとしたと同時に、おーい、とどこからともなく声が聞こえる。真っ白な壁のように見えていた一角がドアのように開き、そこから百と龍之介が姿を現した。
「百さん、十さん!」
「陸くん! 目が覚めたんだね、よかった。体に異常はない?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます」
扉の向こうから戻ってきた二人は、壮五よりも早く意識を取り戻していたという。出口を探して手当たり次第に壁を叩いていたら、真っ白な壁の中に不自然な窪みを見つけた。そこに指を引っ掛けるようにすると、隠し扉のように壁の一部が隣の部屋へと続くドアが現れた。
「あちらの部屋は、何かありましたか?」
「真っ白なことには変わりないけど、こっちと違って向こうは随分と生活感のある造りだったよ。キッチンに風呂もあった」
「……ここ、誰かのお家なんですか?」
キッチンや風呂というありきたりな間取りを聞き、陸は浮かんだ言葉をそのまま口にした。次の瞬間には、「そ、そんなことないですよね」と否定する。
「落ち着いて、陸。確かに、ここに見知らぬ誰かが住んでいる可能性も否定はできない。でもね――」
「でも…?」
百が言葉を遮り、探索していた隣の部屋へと目線を向ける。それを追いかけて開いたままのドアを見やると、音もなく動いたドアの向こうからさらに人影がぬ、と姿を現した。
「仲間が増えたよ!」
「Oh! リク! ソウゴ! 無事だったのですね!」
「ナギくん!」
壮五が駆け寄り、ナギと思わずという勢いでハグをする。どちらかといえばナギが感動の再会に感極まって壮五を羽交締めにしている。という表現が正しいかもしれないが。
「賑やかだな……って、なんだこの部屋、真っ白じゃないか…」
「御堂さん!」
「七瀬! …と、MEZZO””の二人もか」
ナギに続いて姿を見せたのは、ŹOOĻの御堂虎於だった。
「向こうの部屋で、ナギくんと虎於くんが眠っていたんだ。声をかけたらすぐに目が覚めたんだけど…環くんはやっぱりまだ寝ているんだね……」
「はい」
龍之介が、陸が目覚めるまでの各メンバーたちが取った行動、そして現状をまとめて説明し始める。とは言っても、閉鎖された空間内でできることは限られていた。
彼らが成し得たことは、もう一つの部屋を見つけたこと、そちらの部屋で眠っていたナギと虎於と合流出来たこと。そして――
「ん…んーー。…? …ッだよそーちゃ…まぶし………え?」
◇◆◇
数十分後。
「全ッ然わかんねーよ!! 何だよこの部屋!!」
環の咆哮がこだまする。
人数分ぴったりと準備されていた座布団を敷いて、床にぐるりと円を囲んで座る面々。
「タマキ、この盤面では体力温存が求められます。サバイバルの基本ですよ」
叫ぶ環を宥める壮五の逆隣にナギ。壮五の隣には陸が座っている。
「本当に……どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
ナギの隣で、龍之介が膝を抱える。長い足を折りたたんで小さくなった姿はビーストの色気をかけらも感じられない。
「誰もこの部屋に来た経緯や手段を覚えていない。完全犯罪の拉致事件……」
「ちょっと虎ちゃん冷静キャラ装ってる場合!? オレたち人質ってことでしょ!?」
陸の隣に座る虎於があぐらを掻いて顎に手をあてている。熟考しているように見えて実は表情が引き攣りこめかみには冷や汗が流れているのだが、髪に隠れて誰も気が付いていない。
足を余らせた龍之介と虎於に挟まれて、百がきゃああと叫んで頬を両手で包む。
ぐるりと円を作ったメンバーは、四グループのアイドル七名。
「この七名の共通点って、何があるんでしょう」
環の肩を摩りながら、壮五がポツリと呟く。
――共通点。
得体の知れない空間に閉じ込められた七名。互いの顔を見合わせて、ううん。と各々が唸る。
「七人。だから、アイドリッシュセブンのみんなでも良いはずなのに、アイナナからは四人。Re:vale、TRIGGER、ŹOOĻから一人ずつ。数合わせにしても人選が奇妙です」
ナギが指折り人数を数え、肩を竦める。
「シャッフルユニット…も考えづらいか。俺と壮五くん、環くんはRe:valeさんのライブで組んだユニットだけど、他のみんなが全く違うし」
「その頃、俺はまだアイドルじゃなかった」
龍之介の考察に虎於が続き、ううん…と二人で考え込んでしまう。
「その後の新しいユニット。てわけでもないからな…」
「オレと百さんと御堂さんは一緒だけど、八乙女さんがいないし…ナギと環は一緒だったけど、壮五さんと十さんはそれぞれ違うユニットですよね」
ユニット単位。という可能性から百が切り開こうとするが、陸の言葉にどの組み合わせも合わないと頭打ちになってしまう。
「……部活は?」
ハッと気がついて顔を上げた虎於。しかし、次の瞬間には自らの考察が追いつき、苦い顔で俯いてしまう。
「運動部だったら三月とトウマがいない。映画部に至っては虎於一人だし、ゲーム部だとしても誰かしらは欠けちゃうね」
「作曲組も、僕一人だけですし」
百と壮五が続いて、考察の道は絶たれた。
七人のアイドルが目を覚ますと、出口のない部屋に閉じ込められていた。
真っ白な壁が四方をぐるりと囲む眩い部屋。隠し扉の向こうには、一般的なワンルームの部屋が続いている。
「やっぱり、外に出るにはアレをクリアするしかないんじゃ……」
陸の発言に、全員が部屋の一角を見上げる。
一面真っ白な部屋に、突如として現れた重厚な扉。
その上に壁に血文字のような真っ赤な文字が浮かぶ。
【二十四時間出られない部屋】
◇◆◇
「という夢を見ました」
「ナギっち怖ええこと言うなよ……!」
アイドリッシュセブン寮のリビング。ナギが見たという昨夜の夢の内容を聞いて、メンバーはそれぞれの反応で身を震わせていた。
「昨日Re:valeさんが番組で挑戦させられたっていう脱出ゲームの話したばっかりだからなー。それに引っ張られたんじゃないか?」
「ミツキ冷たいです。とても怖かったので慰めてください!」
およよ、と分かりやすくしなを作って泣きつくナギに呆れて肩を落としながらも、はいはいとハグを受け入れる三月。
「部屋の主は鋭いですね。絶妙なバランスでメンバーを選んでいます」
「どういうこと?」
一織の考察に、陸が首を傾げる。
「私や九条さん、棗さんのように、冷静で考察や状況判断が得意な人物が含まれていません」
「百さんだってリーダーシップ取れるだろ」
「部屋に閉じ込められている。という特殊な状況下で、あの人数を一人でまとめながら脱出方法を模索するのは難しいですよ。パニックに陥っている四葉さんの世話で逢坂さんが取られていますし」
「俺をお荷物扱いすんなよ!」
「僕はそんなことしていないよ!?」
ほらね。と一織が肩を竦めて見せる。あはは、苦笑いする陸の肩に、ぽん、と手が置かれた。
「ドッキリ企画っていう線もあるし、考えたくはないけどナギの時みたいに誰かに攫われるとも限らない。移動の際は用心しておくんだぞ」
「そういうオッサンがさっき一番身を縮こませてたじゃねえか」
「……そんなことないですけど!」
三月のツッコミに眉をハの字に下げた情けない表情で必死に反論する大和。その手は、自分を守るように自身の腕を摩っていた。
「でも本当に、そんな部屋に閉じ込められちゃったらどうすればいんだろう」
陸の言葉に、全員が押し黙る。うんうんと唸り始めたメンバーを再び大和が動かしていく。明日は早朝から七人で番組のロケ撮影が控えているのだ。夜更かしは出来ない。
風呂入るかー。と立ち上がったメンバー達に続いて、陸も部屋に一度戻ろうと立ち上がる。
パーカーのポケットに手を入れると、カサり。と乾いた音と共に薄い何かに触れた。
取り出してみると、そこには見慣れないメモがあった。
「…まだ、終わってないんだね」
目を閉じて、ふう、と深く息を吐き出す。
陸が目を開けると、そこには真っ白な部屋が広がっていた。