D02 アタラシイオト

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「壮五さん、これで荷物は全部ですか?」
 引越業者の人とトラックの近くで確認をしていた紡が、寮の入口辺りにいる壮五に声をかけた。壮五はその声に「はい、大丈夫です」と答える。
 デビュー前から暮らしてきた寮。水回りの老朽化やあちこちに傷みが見受けられてきたため、長期間のリフォームをすることになった。
 デビューから10年以上が経ち、IDOLiSH7のメンバーでこの寮に残っているのは壮五だけだ。リフォームに伴い引越が必要になったため、壮五もこれを機に寮を去ることにした。
 スケジュールの都合で引っ越しにも時間がかかり、退寮期限の今日、ようやく荷物を全て運び出すことになった。
「休みなのに手伝ってくれてありがとう、マネージャー」
「いえ。私の方こそスケジュールの調整が不十分になってしまい、申し訳ありません」
 トラックの荷台の扉が、バタンッと音を立てて閉まる。壮五と紡は最後の確認のために寮に戻った。
「荷物がなくなると、ずいぶん広く感じますね」
 紡が呟く。キッチンにあった大きな冷蔵庫も、リビングのテーブルも貸し倉庫に預けたため、寮は本当に何もない状態だ。
 壮五の部屋に行く。ベッドを始め、家具も何もない状態の部屋。ガランと空いたその場所で、つい先程まで壮五が過ごしていたのが夢のように思えた。
「ずいぶん長くお世話になってしまったな」
「後輩の皆様の相談にも、ここでたくさん乗っていただいたと聞いています」
「僕は大したことはしてないよ。みんな優秀で、僕もたくさん助けてもらったから」
 壮五はそう言ってあたりをぐるりと見渡す。
「もうこの場所には戻らないんだなって思うと、さみしいな」
「そうですね。デビュー前からの思い出が、たくさんある場所ですからね」
「仕事がおわってからも、扉を開けたらみんながいるっていうことは、いいことも悪いこともあったけど、すごく貴重な時間だったよ」
 喧嘩も、仲直りも、ミーティングも、パーティーも――。多くの時間を寮で過ごし、多くの経験もした。
「あの毎日があったから、僕は今もIDOLiSH7で、MEZZO”でいられるんだと思うんだ」
 壮五は部屋の扉の前に立つと、深々と一礼した。
「今までありがとうございました」
 その姿を見た紡も、一緒に頭を下げる。誰もいなくなる寮はどこまでも静かだった。

 寮の扉を閉め、鍵をかける。明日からはリフォーム会社の人が現状確認に入ることになっている。
「行きましょうか」
 紡の声に壮五は頷く。引っ越し先はここからそう遠くないマンションの一室だ。
 迎車のタクシーに2人で乗り込み、引っ越し先の住所を告げる。
「新生活、楽しみですか?」
「楽しみと不安と半々、かな。仕事を始めてからはひとりで暮らしていないから」
「何かあれば私でも、ほかの皆さんでも構いませんから相談してくださいね」
「うん。ありがとう」
 タクシーから降り、新居へと向かう。契約した部屋の前に立ち、すぅ、と息を吸い込んだ。
 扉を開ける。新しい生活が始まる音がした。

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