C04 カウントダウンの後に喝采

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 学校終わりの亥清悠は、まっすぐにツクモプロダクションの旧社長室へと向かった。新曲に向けての会議のためだ。
 扉を開けると、室内にはŹOOĻのマネージャー・宇都木士郎がデスクワークを片付けているところだった。他のメンバーはまだ来ていない。楽しみでついつい早く着いてしまったようだ。
 宇都木は顔を上げると微笑んだ。
「ああ。亥清さん、おはようございます。もうそんな時間ですか?」
「おはよう。まだ時間より前だけど。宇都木さんは何やってんの?」
「ファンクラブに送られてきた要望や、応援メールの精査ですね。ファンレターも今どきは手紙じゃないので」
「見てもいい?」
「どうぞ。この辺なら大丈夫ですよ」
 悠はパソコンの画面を覗き込んだ。率直な賞賛や、感動を伝える言葉に、思わず頬がゆるんでしまう。
 いくつかのメールを読み進めて、ふと悠の視線が動きを止めた。長い文面の一番最後に、気になるメッセージが添えられている。
『――注文があるなら聞いてやるっていうお話、悠くんはきっともう忘れちゃっていますよね……』
 あ、と小さく声をあげたあと、悠は歯を食いしばるように唇を横に引いた。

 やがてŹOOĻのメンバー全員が揃って、会議が始まった。
「あのさあ。話を始める前に一ついい? オレ、今度こそ正式にムーンライト一郎先生をプロデューサーに迎えたいんだけど」
 開口一番、悠が主張すると、棗巳波はどっしりと椅子に背を預けて目を細めた。
「私は反対ですね。了さんが自分から関わる気になったのならば話は別ですけど。ブラホワ以来、音沙汰なしじゃありませんか」
「えー。俺はいいと思うぜ? 色々あったけどさ、了さんがŹOOĻの生みの親な訳じゃん。どうせなら最後まで付き合ってもらいてえよ俺は」
 狗丸トウマが肩をすくめると、御堂虎於は腕組みをして唸った。
「うーん。でもなあ。俺はまだ保留にしておこうかな。きっと了さんにも何か考えがあるんだろうし」
「あら、御堂さん。了さんの自主性を重んじたいとおっしゃるなら、私と意見は一致しているじゃありませんか。それならば保留じゃなくて反対であっても構わないのでは?」
「え、あれ? ――今の、そういうことになるのか?」
「ちょっと巳波、分が悪いからって虎於に揺さぶりかけるのやめてよ」
「そうだぞ、ずるいぞミナ。トラはすぐに流されるんだから」
「いやいや待て待て。流されやすいのは俺に限った話じゃないだろう?」
 虎於が慌てて話を遮ろうとしたが、機嫌を損ねた巳波の鼻息に掻き消されてしまった。
「それならお二人が御堂さんを説得してみてはいかがです? もちろん私も応戦させていただきますけれども」
「ええ? このメンバーで巳波に口でかなうヤツいると思う……?」
「そもそもメンバー外でもミナに勝てるヤツなんているのか?」
「無視かよ……そろそろ拗ねるぞ、俺は」
「そんなことよりも、大事な話こそ多数決で決めるのはやめにしませんか? 多数決なんて、少数派の意見を封殺する暴力的で野蛮な行為ですよ」
「え。それをミナが言う?」
「狗丸さん、お静かに」
「はい」
 トウマは姿勢を正して返事をした。拗ねていた虎於はトウマの様子を見て少しだけ機嫌を直している。巳波はそっと溜息をついて悠を見つめた。
「亥清さん。本当にそちらの意見を通したいのならば、私のこともちゃんと説得してくださいね。このまま決まってしまったら、私だって拗ねてしまいますよ?」
「これ見て、巳波」
 悠はA4のコピー用紙を巳波に差し出した。会議前に悠が見つけたメールの写しだ。巳波は怪訝そうに眉を上げて、紙面に視線を落とす。
「さっき宇都木さんが見せくれたんだ。多分、前にゼロアリーナの前で会った、あの子だと思う」
「ああ……この方、覚えていますよ。以前、亥清さんが泣かせてしまったファンの女の子ですよね。亥清さんが注文を聞いてやるとおっしゃったら、フリルの衣装は嫌ですって書かれたメモをくださいました。確か、他にも要望はいくつかあったようでしたけれども……」
 へえ、と声を上げてトウマが巳波の背後から覗き込んだ。虎於も気になるようで首を伸ばしている。悠は二人にも印刷した紙を回してやった。
「そりゃあさ、バラエティだけで活躍すんならラブリーŹOOĻ、エンジョイŹOOĻも全然アリだよ。だけどオレたちアイドルじゃん。しかもキャッチフレーズは狂気と破壊のテトラルキアな訳じゃん?  そろそろ原点に帰ってもいいんじゃないかなって――」
「……つまり亥清さんは、私の書いた楽曲にまだまだ狂気と破壊が足りないとおっしゃる?」
「僕の示した方向性、お気に召しませんでしたか?」
 巳波と宇都木に詰められて、悠はたじたじと冷や汗を流した。
「違うよ! そういう話じゃなくってさ……、どっちも必要っていうか、ほら、衣装とか、トータルコーディネート的なこともあるじゃん!? ちょっとトウマ、ちゃんと味方してよ!」
「俺!? ――いや、ミナはよくやってくれてると思うよ。どの曲もすげえ格好いいし、ぶち上がるし」
「私のこともお願いします」
 宇都木も居住まいを正して、褒められ待ちの笑顔を浮かべた。
「ええっ。面倒くさいんだよなあ、この人も大概……」
「何ですか? ほら、早く早く!」
 急かされて、トウマは頭をかいた。他のメンバー三人はにやにやとトウマの様子を見守っている。
「あー、ラブリーŹOOĻ、エンジョイŹOOĻの標語のお陰で、ファン層は広がったと思いますよ。ありがとう、宇都木さん」
「どういたしまして。すみません、話を続けてください」
 どうぞどうぞと手のひらを差し出されて、悠は盛大な溜息をついた。頼りにならない大人たちだ。これだから、最年少の自分がしっかりしておかなければ。
「要するに、オレが言いたいのは中指立てるような巳波の曲に見合ったパッケージングをして欲しいってこと! 了さんがそういうののセンスが良いってことは、オレたちみんな認めてることじゃん⁉」
「……まあ、そういうことでしたら、分からなくもないですけれど……」
「虎於だって、別に了さんに戻ってきて欲しくない訳じゃないんでしょ?」
「それは、もちろん。了さんが腹をくくったのなら、諸手を挙げて歓迎するよ」
「話はまとまったようですね。――全員一致で歓迎してくれるってさ。良かったねえ、了くん」
『ああ⁉ ちょっと士郎、いきなり画角を変えるんじゃない!』
 宇都木はパソコンのモニターを四人に見えるようにくるりと向けた。ウィンドウの中には、焦ったような月雲了の上半身が映し出されている。
「了さんだ。久し振り!」
「お久し振りです、了さん」
「元気そうで何よりだ」
「てゆーか、了さん。どうしてこんなに期間が開いたんだよ。ムーンライト一郎先生として現れた時は、めちゃくちゃスパンが短かったじゃないか」
『うるさいよ、トウマ。これは別に、士郎が勝手に』
 宇都木はからりとした笑みを浮かべた。どことなく目が笑っていないように見える、いつも通りのうさんくさい笑顔だ。
「了くん、ずっと気にしてたみたいなんですよね、責任を感じてたというか。アドバイスしてやるとか偉そうにしてた割に、結局ブラホワで優勝を逃したじゃないですか」
『そういうことを本人の前で言うか?』
 ぎくり、と四人の肩が揺れた。トウマは頭を抱えてしまう。
「いや宇都木さん、その発言はさすがにノンデリすぎる……」
「今の、俺たちにも流れ弾が飛んできたぞ……」
「てゆーか、了さんが気にすることじゃないでしょ、ステージに立ったのはオレたちなんだし!」
「そもそも私たちに落ち度があったとは思いません。他のグループの出来がそれ以上に良かっただけのことですもの」
『……ブラホワの生放送、見てたよ』
 月雲了の静かな声が、ŹOOĻのメンバーたちに沈黙を与えた。
『誰がなんと言おうと、君たちのパフォーマンスは最高だった。君たちに優勝を与えない賞の方が悪いと思うくらいに。いっそのこと二度とブラホワに出場させなければいいのか?とも考えたけどね』
 月雲了の率直な賞賛に、四人は驚きと共に誇らしげな表情を浮かべた。月雲了は不味いものでも口に入れたような顔をして舌を出している。
『――だけど、酸っぱい葡萄なんだよなあ、それも』
 唐突な例え話に、ŹOOĻの面々は首を傾げた。教訓を多く含んだイソップ物語は月雲了の好みからは外れているような気はしたが、口を挟んでへそを曲げられるのもバカバカしい。互いに目配せを送りながら、四人は真顔で月雲了の話を聞くことに努めた。
 月雲了は、ふと溜息をついて目を伏せた。
『僕がプロデュースに入っても、優勝できるとは限らないよ。欲しくて欲しくて、それなのに手に入らないものを見続けていたら、僕たちは――僕は、また間違えてしまうかもしれない。いいの? それでも』
 この期に及んで、月雲了はまだ試すような物言いをする。トウマは思わず吹き出してしまった。
「バッカだなあ、了さん。あんたは一人じゃない。例え間違えたとしても、今度は俺たちが止めてやるよ」
「良かったですね。狗丸さんが、了さんのこともしあわせにしてくれるんですってよ」
「オレは、優勝なんていらないなんて言わないよ。欲しいものは欲しいんだからさ。それを手に入れるだけの力がないなんて誰にも言わせない。絶対に実力でもぎとってやる!」
「だな。巳波にトロフィーをくれてやるって約束したし」
「ふふ。お願いします。頼りにしてますからね、みなさんのこと」
「そんで、どーすんの? 了さん。オレたちはもう腹をくくってるよ?」
 悠がモニターを見下ろしてニッと笑った。寄り添いながら不敵な笑みを浮かべるŹOOĻは、狂気と破壊のテトラルキアを体現しているかのようだ。
 月雲了は声もなく笑った。
 友人でもない。仲間でもない。彼らとの関係をなんと呼べばいいのだろう。
「……俺たちは運命共同体だ。そうだろ、了さん」
 駄目押しのように、トウマが笑った。モニターの向こうで、元社長であり、彼らをスカウトした男は、貝のように口をつぐんで、押し黙っている。
 
 月雲了が珍しく素直な返答を口にするまで――あと、十秒。

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