B04 一つの扉が開いた時には、

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  • 明朝
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   ――ブブッ

 迎えを頼もうと手に持ったスマートフォンの画面がメッセージを表示しながら光を帯びた。

 ”問題!”

 最近はそこまで珍しくはなくなった名前と一緒にその3文字が画面に並ぶ。すぐにメッセージを開き、既読をつけると間髪をおかずに次のメッセージが送られてきた。

 ”今日の撮影がバラシになって急遽午後からオフになっちゃったTRIGGERのセンターのスーパーアイドルは誰でしょう!”

 問題文を読み、迷わず赤色のアイコンをタップして電話をかける。呼び出し音はならず、すぐに相手と繋がった。
「回答、いいですか?」
「わっ! はい! どうぞ!」
 少し驚かせてしまったみたいで、電話越しに彼のマネージャーの大丈夫ですか?と心配する声がうっすらと聞こえた。ラビチャで返信したほうが良かったかな。
「ボクの回答は、今日午後からオフの予定のIDOLiSH7のセンターさんを、これからどこかに誘おうと思っていた九条天。……で、どう?」
「えっ! せ、正解! …あえ?」
「ふふ。楽にラビチャもらった?」
「正解! 八乙女さんが、マネージャーに現場がバラシになったって連絡してて。で、オレも午後からオフで予定がなかったから…って、天にぃ何で午後のオフ知ってたの!」
「……楽に聞いた。」
 本当は前々から和泉一織に教えてもらっていたけど、それを伝えてしまうと話の腰を折ってしまいそうだから、今日のところは内緒にしておく。

「陸、今日は午後から何か予定ある?」
「ない! あ、天にぃと一緒にどこかに行く予定あるよ!」
「ふふ、そうだね。じゃあ、1時間後くらいにどこかで待ち合わせしようか?」
「わかった! またラビチャするね!」
「うん。また後で。」

*****

 最近は事前に休日の予定を知っていても、お互いの予定を合わせることが有難いことに難しかった。だから、こうして一緒に待ち合わせてどこかへ行けるのは久しぶりで、素直に嬉しい。
「天、午後は陸くんと一緒にどこかに出かけるんだって?」
「うん。その予定。でも、当日予約なしでもゆっくりできる場所なんてそうそう無いだろうから、買い物だけして解散かな。」
「そっかぁ。久しぶりなのになんか寂しいね。」
「七瀬と二人でどっか行きたいんなら、今からでも予約が取れるいい店知ってるぜ。」
「どうせ蕎麦屋かなんかでしょ。」
「違えよ。お前も行ったことがある店だ。」
 楽が紹介してくれた店はボクも陸も馴染みのある店だった。何より、当日の予約も今日なら大丈夫とお世話になっている店の知り合いが言ってくれているそうだ。
 陸からもその店がいいと思っていたと返信が来た。
「楽、ありがとう。その店に決まったよ。」
「おう。店に行ったら店長によろしく言っておいてくれ。」
「もちろん。」
「あ、そうだ。その店行くんなら頼みたいことがある。」
「……うん?」

*****

「陸。お待たせ。」
 つい1時間ほど前に電話でやり取りした相手は、駅からさほど遠くは無い公園のベンチに座っていた。声をかけると、パピヨンみたいに大きな目を輝かせながら見えないしっぽをブンブンと振り回している。
「全然待ってないよ! オレもさっき着いたところ!」
「良かった。 じゃあ行こっか。」

 目的地までは歩いて10分くらいだったので、せっかくなら、と散歩がてら向かうことにした。
 隣を歩く陸の、ラムネ瓶のビー玉のような透き通った視線は、景色やボクよりも、ボクの持っている縦長の箱に興味津々なようだった。
 聞いてもいいのかなって顔してる。
「…ねえ、天にぃ。その持ってるやつ、もしかして、」
「そう。楽が、次行く機会があったら持っていこうとしてたんだって。こういうの持っていっちゃって本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ! おばさんもおじさんも優しいし、前に観光した時も、お土産に持って行ったらとっても喜んでくれてたから!」
 これから行く場所は何度か足を運んだことはあったけど、観光スポットではないと思っていた。
「そう…。ならいいんだけど…。」
 陸がいいと言ってるのなら大丈夫なんだろう。若干の不安を感じつつも、流れに身を任せることにした。

*****

 ボクたちが予約もなしにくつろげるお店なんてそうそうなく、目的地は以前撮影でもお世話になったあるケーキ屋だった。
 今日は知り合いも手伝いで働いていると聞きいている。
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃいました!」
「お邪魔します。」
「んえっ!?九条!?じゃなかった、ご予約の、えーっと、何て呼べばいいんだ?」
「いつも通りでいいよ。」
「…ご予約の、七瀬様2名、カフェスペースご案内いた、します? え、待って、これドッキリ?」
「いや、違うけど。なんかごめん、びっくりさせた?」
「一織には言ったよ! テン…クジョーさんとお店に行くって。」
 陸は和泉一織とのラビチャのトーク履歴を和泉三月に見せて話を続けた。

 ”今日は兄さんが手伝いに行っているので比較的余裕があると思います。”

 ”先ほど九条さんからも同様のラビチャが届いておりましたので、私から両親に伝えておきます。”

 どうやら、さっきまで試作品を作っていて厨房に缶詰になっていたせいで、ご両親から話を聞けていなかったらしい。
「でも、丁度良かったかも。誰かにケーキの試作品食べてもらいたかったんだ。九条にいい意見もらえたら嬉しいよ!」
「わーい!三月のケーキ!」
「じゃあ、ドリンクはそのケーキに一番合いそうなやつをお任せで。」
「おう!」

*****

「美味しかった~!」
「本当、お店に並んだらお土産に持って帰りたいくらい。ご馳走様でした。」
「喜んでもらえたみたいで良かった! 俺も助かったよ。あともう少しで完成しそうだったから、率直な感想ありがとうな!」
いくつか試作品のケーキを食べたが、どれもこれも美味しく、幸せでいっぱいになった。
「そうだ、楽からお土産預かってるんだけど…」
「八乙女から?」
「正直、お土産になるか分からなくって…大丈夫かなって。」
 そう言いながら、細長い立方体の箱を取り出し、箱から丸まった筒状の丈夫な紙を取り出す。
「楽が、”玄関に貼るならゼロもおすすめ”って。」
 何を言っているのかさっぱりな表情をしている和泉三月に、手に持った筒状の紙を少し広げながら伝言を告げる。
 広げた隙間からうっすらと金色のマーカーで書かれた文字が見えたのだろう。一瞬にして我に帰った和泉三月から結構なボリュームの「え」の一文字が発された。
「これ…」
「わ! ミュージカル”ゼロ”のポスター! しかも初演のやつ! 懐かしい~」
「これ…」
「楽のサインはお店にあるって言ってたんだけど、せっかくならおじさんとおばさんにはTREGGERの3人も応援して欲しいし。」
「これ…」
 手元にあるのは、数年前に上演されたミュージカル”ゼロ”の初演ポスター(つい30分前に入れたTREGGER3人のサイン入り)だった。
 ボクたちのファンはもちろん、ゼロのファンにとっても貴重な一枚だろう。
「せっかくだから貼りに行こうよ!」
「いいね。おじさんとおばさんにご挨拶もしたいし。案内してよ、和泉三月。」
「……どうしよう。俺、今すっげぇ泣きそう…。」
 この反応、モモさんたちにバレたらこの店の壁一面Re:vale仕様になってしまいそうだなと思った。

*****

「お邪魔します!」
「お邪魔します。…本当に貼ってあるんだね。ミッションのポスター。」
「貼ったのはナギと陸だよ。これのおかげで実家に帰る度におっさんにただいま、いつも我が家を守ってくれてありがとう…って、ならねぇし! ってか、もう貼ってるし!」
 和泉三月の気持ちのいいまでのノリツッコミの間に、持ってきたポスターは、元々貼ってあったミッションのポスターの下に貼り付けた。もうこの玄関扉の本来の色は、ポスターが剥がれ落ちるまで誰にも見られないだろう。
「…ねぇねぇ三月。」
 陸が何かを思い出したみたいで、家主に声をかけた。
「そういえばさ、一織の部屋に開けちゃダメな扉があったよね。」
「開けちゃダメなの? なんで?」
「さぁ。三月がダメって。」
「ふーん……?」
 確かに楽からも前にうっすらとそんな話を聞いたような気がする。
「あぁ、いや…。まぁ、一織が開けてもいいって言ってんなら、別にもう開けてもいいんじゃないかなとは思ってるんだけど。……やっぱ今の聞かなかったことに…」
「和泉一織が開けていいって言ったらいいんだ?」
「え?」
「はい、チーズ!」
 スマホを取り出し、玄関の2枚のポスターの前で3人で自撮りした。さすがトップアイドルたち。咄嗟のポーズも様になっている。

 “お疲れ様。ご実家のケーキおいしかったよ。”

 送信。

 ”ところで今、君のご実家にいるんだけれど、”

 送信。あ、既読ついた。

 “君の部屋の開けちゃダメらしい扉、開けてもいいよね?”

 送信。
 さっき撮った写真を選択。写真を送信。

「天にぃ?」
「見てみたいよね。秘密の扉のその先を。」

   ――ブブッ

 ”暇なんですか”

「一織なんて?」
「”暇なんですか”だって。」

   ――ブブッ

 “見たいならご自由に。昔の思い出ですから。”

 “埃っぽいので、ご注意を”

「…見ていいって。和泉三月、許可とったから、見に行っていいよね?」
「まじか。よく説得できたな。」
「説得なんてしてないよ。今更ボクたちが何か知ったところで、関係性も距離感も何も変わらないって、和泉一織が勝手に気づいたんじゃない?」
「……そう、かもな。」
 兄弟がどこか遠くへ行ってしまったみたいな少し寂しげな表情を浮かべている。
「大丈夫。これは兄離れじゃないから。和泉一織も、陸も、年を重ねて大人になってる。ただそれだけのことだよ。」
「天にぃ! 一織の部屋! 行こ!」
「…二人で行って来てもいいですか?」
 3人でいくのは野暮だと思った。今日は、ボクと陸、二人で冒険の方がきっといい。
「……あぁ! 散らかすなよ!」
「ありがとう。行こ、陸。」

*****

 “ありがとう。今の君なら許可してくれると思ってた。”

 “見たものは秘密にするから安心して”

 “兄さんと私の大切な思い出たちなので、丁重に取り扱ってください。”

 “秘密、増やしすぎないでくださいね。”

*****

「ここで見たものは、三月と、一織と、天にぃとオレだけの秘密にしようね。」
「うん。ボクらだけの秘密。ね?」
「ね!」

 あの扉の奥に何があるのかは、彼らだけの秘密。

     ―――おわり

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