A06 I’m home.

  • 縦書き
  • 明朝
  • ゴシ

 大人の付き合いというものはいつになっても中々廃れてはくれないもので、この日も番組の打ち上げにと呼ばれたIDOLiSH7のマネージャー、小鳥遊紡と共に、同グループ代表としてリーダーの二階堂大和も出席していた。こんな時か、どこかに謝罪に行く時くらいしか役目のないスーツがやや可哀想だと彼は思っているが、今後もそれ以外の用途がないので今のところ新調する予定はない。
 打ち上げに酒の席はどうしたってあるもので、流石に無理やり飲ませるような時代ではなくなったものの、そういった席でしか聞けない情報があることも大和は理解してのことだった。
 正直なところ、大半がどうでもいい自慢話やゴシップ系統の話題で持ち切りではあったが、来週グループでゲスト出演する番組のメインMCの好物を聞けただけでも大きな収穫だということにして、大和はすっかり泡の消えたビールを飲み干した。
『お父様とは上手くやってるのかい?』
 そんな質問にも笑顔で対応できるようになったのはいつからだろうか。昔は顔見知りが近づいてきただけで眉尻がぴくりとはねたものだった。相手を黙らせるネタなんていくらでもあった。頭の隅に追いやった幼少の記憶をありったけに引っ張り出しては言葉を並べて、元より悪い目つきと一緒に攻撃した。反射的に備わったこの方法は、ついには攻撃する必要のない人にまで向けて、差し伸べられた手ごと傷つけてしまった。大和にとって最後にして最大の後悔である。
 未だに嫌味を言ってくる人もたまにいるものの、近頃はほとんどがご機嫌取りに変わっている。あまりにしつこいときは笑顔で際どいところを突いて躱すようになった。相変わらず腹黒いと自覚しながらも、あからさまな態度を取ることはもうなくなっていた。今の大和にとって自身のバックボーンは強力な手札のひとつでしかない。とはいえ今後も使うことがないことを祈るばかりだ。
 二十歳を迎えていないマネージャーがいることは、二次会に行くことなく帰ることができる有り難い理由付けになるので都合が良かった。程よくアルコールが回ってきた時点で会場を後にしようとして、タイミングよくお開きの合図が出たので、そのまま挨拶を済ませて帰路につくことにする。運転をしているマネージャーから「いつもすみません」などと言われたけれど、マネージャーひとりで出席させるには色んな意味で心配ではあったし、メンバーの為とも思えば苦にもならなかった。そう思えている自分が、大和にとって少しだけ擽ったかった。
「大和さん、なんだか嬉しそうですね」
「え、そう? ……飲みすぎちまったかな」
 言われて初めて、サイドミラーに映る緩んだ顔と目が合った。気恥ずかしさに咳払いを一つして、姿勢を正す。普段七人を乗せるマネージャーの運転が最早プロ級の域で安心安全といえど、後部座席で寝てていいという彼女の提案は男として享受するわけにいかないと、自ら助手席に乗ったのだ。気を緩ませている場合ではない。
「今日は皆さんお揃いですもんね!」
 マネージャーが前を向いたまま悪気の無い笑顔で図星を突いてくるから、大和は言葉に詰まってしまった。そんなに顔に出ているのだろうか。一応演技を売りにしているからには気をつけなければ。だけどそんな自分は、嫌いではない。やっぱり少しだけ、擽ったい。

 寮まで送ってくれたマネージャーに礼と、道中気をつけて帰るように告げて、車のテールランプが見えなくなるまで見送ってから玄関の扉を開けた。
「ヤマさん、おかえりー!」
「おかえりなさい、ヤマト!」
 まだ起きてるメンバーの方が多いだろうと予想していたが、車の音が聞こえたのか四葉環と六弥ナギが飛び出して出迎えてくれたことには驚いた。夕飯のカレーの匂いの名残が一緒に漂ってきて羨ましいと感じる前に、自分用に残してあると教えられる。逢坂壮五は作曲の直しがあるとかで、迎えられないのを申し訳無さそうにしていたらしいので、部屋に戻る前に立ち寄ってやるように言われた。きっとリビングに行けば和泉三月が食器の片付けをしながらおかえりと笑顔を向けてくれる。ソファで明日のスケジュール確認をしているらしい七瀬陸と和泉一織もそのタイミングで出迎えてくれるのだろう。
「ただいま」
 ここが自分の帰る場所であることを噛み締めながら、大和は玄関の扉を静かに閉めた。

×

A06の作者は誰?

投票状況を見る

Loading ... Loading ...