A02 ふと微笑んでしまう瞬間に

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 アイドリッシュセブンの個人の仕事が増え、広報の数も増えた。ファンの声もあり、開かれた場所で新しい自分を魅せよう、と七人はそれぞれラビスタグラムを開設することになった。
 移動中の車の中、スマートフォンをふと手に取る。
 初期の頃からひとりモデルの仕事をこなしていたワタシには、提携しているブランドが多かった。そのせいか、写真に映る自身はいつもシックに、清潔に、時には豪華に整えられた最新のファッションに身を包んでいた。骨ばった白い手でハンドクリームや香水を持って、きっちりとセットされて固めた金髪を撫で付けて、時には硬派な腕時計をつけるような、そんな投稿が増えていく。
「おはようございます」
と現場で挨拶を受けながら、一人を撮るには随分広いスタジオで撮影に臨む。スケジュールを見れば、他のメンバーたちに比べて圧倒的にこういった個人仕事が多かった。
 それは英語を話せることもあるからか、もしくはファッションショーの招待客として呼びやすいからというのもあるのかもしれない。なによりワタシは美しいから。
 美しいワタシの写真はどんどん増えていく。提携している企業から見ても、このアカウントは90点以上を与えられるはずだ。
 撮影の休憩中、ストーリーを眺めてみれば、タマキは今あげたいと思ったものを投稿するし、ヤマトは美しい景色を添えつつ映画の宣伝を行っている。皆同じアカウントを持っているのに、こんなにも違うのがアイドリッシュセブンらしい。つい微笑んでしまうと、ポップアップが画面に映った。
『ナギ、今夜はみんないるぞ』
 ミツキからのチャットに口角が上がる。久しぶりに、皆が揃う。
 休憩が終わり、カメラの前に戻る。髭を生やしたカメラマンがレンズを構えれば、当たり前のように彼が何を求めているのが分かる。そうしてそれに応えるのも勿論得意だ。

 ◇
 その日はすぐに帰った。扉を開けると「おかえり」の声は三つ、到着は四番目だった。
 扉を開けて、次々と人が増えていく。狭いテーブルを大きな男たち七人で囲むと、当たり前にもっと狭くなる。
「鍋、超大量に作ったから」
 野菜大量だったから壮五と陸に手伝ってもらった、と二人に目配せすると、二人もオレンジの瞳ににこりと微笑み返した。
「みっきー最高、俺全部食う」
 全部食うなって、と返すミツキは楽しそうにケタケタ笑っている。湯気の立つ鍋を見つめながら、柔らかな会話に自然と頬が緩む。
「いただきます」
と手を合わせて、よそられた鍋を一口食べる。
「うわー、おいしい……!ほっぺた落ちちゃいそう!」
と頬に手を当てるリクに同調するように微笑む。
「美味しいです、兄さん」
 いつもは氷のように美しいイオリも、ふわりと溶けたように瞳を緩める。
「最近ずっと撮影でロケ弁ばっか食ってたからミツの飯がしみるよ」
「よかったよかった」
 タマキとリクは賑やかに「確かにヤマさんいなかった」「寂しかったよね」と話している。それを見守るように見つめるソウゴとミツキをちらと眺めて、温かいお茶を飲む。
 まるで家族のようだと思う。最も、ワタシにはありふれた家族というものは分からないのだけれど。それでもこの居心地の良さは本で読んだ家族に似ていた。 
 小さな頃は、食事は栄養であり社交だった。静かに行儀よく食事を取り、パーティでは何を手に取るべきなのか、どう振る舞うべきなのかを冷静に考え続ける。
 それが嫌いな訳ではない。それでも、今は食べたいと思っていた味の染みた大根を一口食べてじんわりと温まっている。笑い話をしながら、好きな話をしながら誰の目も気にせず大きく笑っている。セットされていない髪を耳にかける。
 随分もたれかかっているな、と思わず苦笑してしまう。
「楽しいね」
とつぶやくリクの耳打ちに頷く。なんとなくスマートフォンを取り出した。
 この景色を残そうと写真を撮った。
 皆が笑顔の一枚。例に漏れずワタシも笑顔だった。格好がつかないほど楽しそうに笑っていた。
 そうしてこの写真をふとした瞬間に見返してしまっている。見る度口角が上がってしまって、何度も見返してしまう。込み上げる気持ちを万理に話したら、「ナギくん、せっかくなら」と提案されて、写真を載せることにした。
 写真を何度も確認した後、美しく高貴なワタシしかいなかったアカウントに、庶民的な鍋の写真が上がった。これは良かったのだろうか?もう少し取り繕うべきだったか?と眉を寄せて考えつつ、普段との違いに可笑しくもなる。
 そんなあべこべな気持ちを抱えていると、ヤマトが『またやろう』とコメントして、ソウゴが『本当に楽しかった』と引用した。ふと微笑むように息が漏れたかと思うと、気づいた時には安堵するように深く息を吐いていた。長く息を吐いたあと、ようやくほんの少し不安だったのだ、と自覚する。幼い頃から懸命に努力して言語を覚え、社交を学び、磨いたワタシだけを見せていた。だから余計に慣れない。それでもファンも好意的な反応ばかりだったかららついニコニコと微笑んでしまう。最も、ワタシは美しいから当たり前なのだけれど。
 それからプロに撮影されたワタシに混じって、閉じた扉を開くように、公演のオフショット、メンバーと遊びに行く私、愛しているここなの写真も、少しずつ載せていった。もちろん私の全てを明かすためではない。少しだけ、誇らしい仲間を世界に自慢したい。ワタシのことを愛している人達が、笑顔のワタシを見て少しでもその頬を喜ばしくも赤く染めてくれたら、とも考えている。与えてあげたいのだ、万人に響くハルキの音楽のように。そして孤独だったワタシにも今のワタシを見せてあげたいのだ。
 深夜、そんなことを思いながら写真をスクロールしていると、重厚なコートに身を包んで射抜くような目線をしたワタシから、耐えきれずに吹き出してしまった薄手のシャツのワタシまで、色々なワタシが映っていた。
 それらを眺めて、ああ、と口角が上がって、ようやくこの感情の名前に気づいた時、
「ナギ!」
とミツキに呼ばれた。手を引かれるまま階下に降りる。少し暑くなってきた廊下を歩いていると、リビングの扉の前で、ミツキが「ナギ」と笑顔で扉を指し示した。
 よく分からないまま扉をゆっくりと開ける。まぶしい部屋に少しだけ目が眩んでいると、クラッカーがいくつも鳴って、皆が口々に「おめでとう」「サプライズ成功!」と喜んでいる。呆気にとられたままでいると、ミツキが豪華なケーキを運んでくれた。『誕生日おめでとう』の文字に、そうだ、今日だったとようやく思い出す。雪が溶けるように頬が緩む。
 常に求められている自分を探して、その姿を完璧に見せてきたような気がする。そう努力しないと愛されないと、振り向いて貰えないと無意識に閉ざしていたのかもしれない。その方が皆が喜ぶと考えて、皆の幸せだけを願っていたのかもしれない。ワタシはそれで構わないと。
「ナギ!」
と呼ばれてケーキを持ったままカメラに映る。
 でも、なんだかここは心地が良い。
 「撮れたよ!」とリクに言われて写真を見ると、ワタシはすごく気の抜けた顔で笑っていた。完璧ではない笑顔で皆と目を合わせて微笑んでいた。ワタシも幸せだと言っているみたいだった。
「ありがとう」
 六人の友人がこちらを見て微笑む。自然と込み上げたのは、そんな言葉だった。

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