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彩りの良いチャーハンの隣に並ぶ、アルミボウルにどかんと盛り付けられたレタスサラダ。萎びた薄緑の葉を箸先で摘み上げ、虎於は整った眉をひそめた。
「……デカすぎるだろ」
「えー?」
ぼそりと漏らした不満に間延びした声が返る。
「そうか? いいじゃん、デカい方が。ドレッシングいっぱい食えて」
「…………」
眉間の皺が一本、増える。
◇
新作のチャーハン作るから食いに来いよ。
少し前の自分なら絶対に受けなかった誘いに二つ返事で頷いて、今宵、虎於はトウマのマンションを訪れていた。すぐ出来るからテレビでも見てろ、なんて言葉と共に出された麦茶を飲み、言われた通りにテレビを──、
見ていたわけではない。台本に目を通しつつ、キッチンに立つトウマの後ろ姿を観察していた。
ガチャガチャと忙しない騒音を立てながら、トウマは手慣れた動きでテキパキとチャーハンを作る。料理は出来ない、自炊もしないと公言するわりに、チャーハンやらお好み焼きやらを他人に振る舞うのは好きらしい。頻繁にŹOOĻのメンバー──や、その他の〝お友達〟──に腕を披露していた。また食べ合わせの開発にも余念がなく、不定期に違う味つけのチャーハンを作っては、今回のように「新作」と言って味見をさせてくる。どうせなら普段から自炊をすれば良いのにと言ったこともあるが、曰く「チャーハンとお好み焼きしか作れねぇもん。あと麦茶」とのこと。
ともかく、そういうわけで虎於も、トウマのチャーハンには一定の信頼を置いていた。少なくとも今のところ、食べられない代物を提供された記憶は無い。
ところが、彼には一つ、欠点があった。
以前出演したドラマに「世界は二分されている」なんてキャッチコピーが付いていたが、虎於としてはまったく同感である。人間は二種類に分けられるのだ。
インスタント麺の小袋を開けられる人間と、開けられない人間。──トウマは後者だった。
彼が料理をしたあとのキッチンは毎回、水やら野菜の皮やらが飛び散って目も当てられない。かくいう虎於もアイドルになる以前は料理なんてしたことがなかったから、誰でもこんなものかと思っていたが、悠や巳波が調理と片付けを同時進行しているのを見て認識を改めた。
これはトウマの特性だ。少々、繊細さに欠けるという。そんな男が、調味料の入った小さな瓶を丁寧に扱うことなど出来るはずもない。
そう、食べられない物を出された記憶は無い。が、過度に味付けをされていることは、ままある。
良く言えばおおらか、悪く言えば大雑把。だからサラダのレタスが、本当にちぎったのか疑いたくなるほど大きくとも、表面積が大きい分、一度に口に入るドレッシングの量が多くて美味いじゃんと笑う。
その明るさには、今まで何度も助けられた。だが──。
「うぉ、これデカ……あッ、やべ、こぼれる、あー!!」
「…………」
今はただ、呆れるばかりだ。
自分ならこんな失敗はしない。虎於は考える。もっと小さくちぎるはずだ。一口大程度にしておけば、カーペットにこぼれた茶色い油染みを必死に拭き取る必要はないのだから。
「ティッシュ! トラ、ティッシュ!!」
──こんなふうに。
大声を出すトウマを半眼で眺めつつ、言われた通りにテッシュペーパーを差し出す。トウマがそれを受け取り、汚れを拭う数十秒の間に、虎於の脳は大きく回転した。
サラダか……。それくらいなら簡単そうだ。やってみようかな。いや、でも──。
「あー、クソ。ダメだこりゃ、落ちねぇわ」
──でも、もし失敗したら、落ちない染みを作ってしまうかもしれない、こんなふうに。そうしたら、虎於以外の誰かの仕事が増えることになる。そんなことをしていいんだろうか。どうしてもやらなきゃいけないってわけでもないのに、他の誰かに迷惑をかけるような真似を、
「ま、いっか」
トウマが呟く。
その声は、虎於の耳に真っ直ぐに届いた。低く小さな声、だけども諦めというよりはもっと気軽で、明るい響き。
「これ、もう古いし。そろそろ買い換えようと思ってたしさ」
言い訳がましくそう言い、虎於と目が合うとぺろりと舌を出して笑う。ちょっと情けない、けれど軽やかな笑顔。
「……そうか」
それで、虎於の頬も思わず緩んだ。
言われてみれば、虎於の家のカーペットももう長く使っているような気がする。思い切って汚して、取り変えてしまうのも悪くないかも?
「そうそう」
トウマはもう拭くのを諦め、ティッシュペーパーを丸めてなおざりにゴミ箱に放った。
「今度は黒いのにしよっかな。汚れ目立たねぇじゃん」
「いや、そもそも汚さない努力をしろよ」
「それは……気を付けます……」
縮こまるトウマを笑い、チャーハンを口に運ぶ。少ししょっぱくて──、
でも、悪くはない。
◇
「虎於、真剣な顔してなに見てんの?」
控え室のソファでスマートフォンを眺めていると、悠が隣に座り手元を覗き込んでくる。虎於は手首を傾け、液晶画面を向けてやった。
「……野菜の切り方……?」
まだ幼い眉間に一筋の皺が寄る。
「虎於、料理すんの?」
「ああ。やってみてもいいかと思って。別にどうってわけじゃないけど、なんていうか……アレだ。新たな扉ってやつ?」
「……ふーん? いいんじゃない?」
「いいと思うか?」
「うん、思う。今度、オレにも食べさせてよ」
悠の大きな瞳が虎於を見上げた。
虎於は胸を張る。しかして肩の力を抜き、口元には余裕の笑みを浮かべた。
「いいぜ。好きなものをリクエストするといい。なんだって応えてやる」