H03 I believe you

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 かつ、かつん。三つの、重さが違う足音が街の喧騒に溶けていく。彼らが向かう先は同じだ。
「まさか楽があんなことを言うなんて」
「んだよ、意外だったか?」
「ううん。俺はすごく嬉しかったよ」
「実はボクも」
「素直じゃねえなあ」
 ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、三人で地下への階段を降りていく。その階段の前には「deep RIVER」の看板。始まりのあの日と同じように、楽が重たい扉をぐっと押し開けた。

 きっかけは数日前。楽が天と龍之介へ、リビングのカレンダーの日付をとんと指差して提案したことだった。
「この日の夜、少し出掛けないか?」
「その日って……」
「あんまり遅くならないなら、いいよ。付き合ってあげる」
 珍しく天が一つ返事で楽の提案に乗り、龍之介は少し驚く。
「大事な日の前日だからこそ、お前らと行きたい場所があるんだよ」
 そう言った楽が今、率先して二人の前を歩いていたのだ。行き先も告げずに出発し、楽についていくこと約四十分。歩いているうちになんとなく察していた場所に辿り着く。
 扉をくぐり、楽は真っ直ぐにバーカウンターへ向かった。龍之介もそれに続き、天はすっとカウンター席に座る。
「天はリンゴジュースでいい?」
「うん」
「龍は、俺と同じのでいいか?」
「うん、ありがとう」
 グラスに酒が注がれる音が鳴った。天がゆっくりとその音を聞いている。グラスに酒を注ぐ楽も、龍之介も、穏やかな表情を浮かべていた。
 明日はMusic of People。ファンが、ステージを退いてしまった自分たちを再び眩いステージに呼んでくれた日。ずっと自分たちを見てくれていたファンが、取り戻してくれたステージに立つ日。だからこそ楽は今夜ここに来たいと言ったのだ。初めて三人で顔を合わせ、TRIGGERというグループに恋をしたこの場所で、明日への思いを固くしたかった。
「乾杯は何にする?」
 天が問うと、酒の入ったグラスを片手に二人は笑う。
「そんなの、決まってるだろ?」
「俺たちTRIGGERに!」
 龍之介がグラスを掲げ、楽と天が続いた。チンッと三つのグラスが打ち鳴らす軽やかな音が響く。グラスの中身を半分ほど飲み終えた頃、おもむろに立ち上がり二人を誘った。
「ねえ。明日のおさらいしよう」
 そう言って、始まりの日に心を通わせるきっかけにもなったDJブースに足を踏み入れる。楽と龍之介は顔を見合わせにやりと笑い、グラスを置いた。足でリズムを取り、鼻歌でメロディを刻み、伴奏も無い中で歌詞を紡ぐ。互いの呼吸音を聞き、視線が交わり、胸が震えた。終わりの決めポーズを取った後、三人は満足そうに笑みを交わす。
 やっぱり俺たちは、ボクたちは最高だ。この感覚を疑ったことなど一度も無いが、ここに来てあの日と同じように踊って心を一つにしたことにより、更に強固なものとなる。
 グラスに残った酒とリンゴジュースを飲み干して、楽が再び扉を押し開けた。後ろに続く天と龍之介の顔も、もちろん楽の顔も、晴れやかで揺るぎない自信に溢れている。
「負ける気がしねえな」
「そんなの当たり前だろ?」
「そうだよ。だってボクらはTRIGGERだからね」
 不敵さを身にまとい、力強く歩む彼らの行く先は同じだ。

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