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「ついてこないでくれるかい?」
そう投げ捨てるように言い放った相方の瞳には憤怒と憂愁が入り混じった複雑な色をしていた。
思わず伸ばした手が虚しくも空を切る。そんな自分には目もくれずに彼はリビングの机に広げて手入れをしていたコレクションを丁寧にかき集め自室へと帰っていった。
なんでそーちゃんが怒ったって?俺が封の開いたプリンドリンクを持ってリビングを歩いてたらくしゃみした弾みでそーちゃんのコレクションにかかっちゃったから。悪気はなく事故のようなものだ。でもわかってる。これは100%俺が悪い。
謝るために壮五の部屋の前まで行くとどうしてだろう、いつもの見慣れた部屋と扉のはずなのにどこか重くて暗い感じがした。
「そ、そーちゃん、さっきはごめん。わざとじゃなくてさ……」
ノックして話しかけても返事が無い。扉を開けようとするとガチャリと鍵がかかっている音がする。諦めきれずにあれこれ言葉を投げかけるが物音ひとつ返ってこない。
諦めてとぼとぼとリビングへ戻るとキッチンに人影がみえる。
「いおりん、なにしてんの?」
「材料があるのでクッキーでも焼こうかと。日持ちもしますしおやつに丁度いいでしょう」
そういいながら材料をテキパキと用意していく姿を見てピコン!と思いついた。
「なぁいおりん!甘さ控えめのクッキーって作れる?そーちゃん用に俺も作りたい!」
「逢坂さん用でしたらジンジャークッキーですかね。いいんですか?いつもなら自分がたくさん食べたいと言うのに」
「俺、さっきそーちゃんに悪いことしちゃったからさ……これがキッカケになってくれたらなって思ってさ」
硬く重い扉を開く鍵にでもなってくれたらと淡い期待を持って一織を見る。
「わかりました。逢坂さん使用を作る分あなたの取り分は減りますよ」
「いい!ぜんっぜん大丈夫!あんがとな、いおりん」
「お礼は完成してからで。さぁ、作りますよ」
「よろしく!いおりん先生!」
完成したジンジャークッキーの袋を持って壮五の部屋へ行くと震えた手でノックをして思いのままに話し出す。
「あの、さ。そーちゃんさっきは本当にごめん。そーちゃんの大事にしてるやつ汚しちゃった。お詫びになるかわかんないけどクッキー焼いたから食べてほしい。あ、ちゃんといおりんと作ったから味は保証する!ちゃんとそーーちゃん仕様でスパイス多めにしたから甘いの苦手なそーちゃんでも食べれると思う。だからさ、えっと、その……」
だんだん声が小さくなってくる。やっぱり大事な物を汚されたら許せないよな。せっかくいおりんが一緒に作ってくれたのに食べてもらえないかもしれない。
「ごめん……そーちゃん……」
耐えきれず袋の端を強く握ってしまう。もう、今日はダメかもしれない。せめてもとクッキーの袋をドアノブにかけようとするとカチャッと音がしてドアノブが動きゆっくりと扉が開いた。
「環くん、さっきのことは……」
「ごめんっ!そーちゃん!大事な物だったのに!ほんっとーにごめんなさい!」
壮五の顔が見れなくて思いっきり頭を下げる。またさっきの目で見られたら泣いてしまいそうだ。そうやってずっと頭を下げていると頭上でため息が聞こえたと共にぽん、と頭を撫でられた。
「僕もごめんね。君に悪気があったわけではないけど意固地になってしまった」
「そーちゃんが謝ることじゃない!俺だって大事な物が汚されたら怒るし」
「環くんの誠意を受け取るよ。さ、その手にある物を僕にくれるんだろう?」
ハッとして手元を見ると強く握りすぎたせいか中身のクッキーはボロボロになっていた。
「あ、ごめ…せっかく作ったのに」
「いいんだ、その気持ちが嬉しいよ。一織くんと一緒に作ったなら環くんの分もあるんだろう?一緒に食べよう。それで仲直りだ」
壮五がクッキーを持つ環の手を優しく両手で包む。こちらを見つめる瞳は暖かい色をしていた。